けーせらーせらー

仕事、転職に関するエトセトラ

国葬に関する私見

お亡くなりになった元総理大臣の国葬が報道をされているようです。
Twitterでも上位のキーワードになっているようです。
まあ、色々意見があります。
政治的な事柄を一回書いてみようかと思った次第。

結論から先に言えば、賛成でも、反対でも、その本質的な根っこは

国葬するのは、理屈じゃないんだよ。」
国葬という扱いは、感情的に受けいれられないんだよ。」
ということなんじゃないかと。

費用の面、法律的な位置づけは、議論の中心になっていますが、本質的な賛成、反対の理由ではない。
要は、元総理大臣に対する総理大臣時代の評価と、某団体への関与が根っこ。
友人知人、または政策、政治方針を評価する人は、葬儀に賛成し、
逆に評価しない人は、「その功績を評価し、”国”葬に値する」という判断に納得がいかないので反対する。
そして、この事件を機にクローズアップされた団体に、元総理がどれくらい関与していたのかいまだ不透明であることから、”国”葬に賛成か反対かと、聞かれると、うーんと思う方もいるでしょう。
なので、
繰り返しとなりますが、元総理の評価と団体への関与がベースなので、どれだけ議論しても合意されることはなく、葬儀を迎えるのではないかと。

分析はこれぐらいとして、最後に自分の意見を。

彼の総理大臣時代のいわゆるモリトモ問題で、一人の公務員が文書の改ざんを命じられ、自ら命を絶ちました。そのことに対し、私は怒りを禁じえない。その”原因となった”人物”を”国”として評価し、”国葬”として扱うことはどうかと思う。後、本音を言えば、一部の賛成派の論理のすり替えとしかいえない物言いがきにくわない。(要は感情なんだよ)ただ、”国民葬”とか”内閣葬”とか名称にすればいいのかといわれると、正直よくわからないし、
今の総理が、選挙のスローガンどおりに”決断と実行”したわけだから、強制されない以上、まあ、形式については、どれがいいかまでの意見はないです。

あと、外交の評価が高いといいますが、誰が評価しているんでしょう。
私、外国人でないから、外国に住んでいないから、わからない。
外交儀礼と、外国訪問が多かったことと、在籍期間が長かったことで親交を深めることができた、というわけではないですかね。
そもそも、葬式自体について、とやかく言うこと自体どうなの?(村八分と言いますしね。)とは思いますが、こういう問題が起きる自体、故人がこれまで行ってきたことに対し、負の感情を持つ人が多いということでしょう。