けーせらーせらー

仕事、メンタル、労働法、転職、書評に関するエトセトラ

海岸を歩くことで昔を思い出した、という話

海に行った。正月に会った人との会話の中で、家の近くの海の堤防の工事が進んでいる、という話になり、約15年ぐらい前メンタル疾患で休職、無職であった時に、散歩先として海に行っていたことを思い出したからだ。

海沿いを歩いていると心が安らぎ、帰ってくると気分が晴れやかになったのを覚えている。
メンタル疾患から治らなくて、自暴自棄になった時も海を眺めにきていた。ただ、当時はどれだけの時間そこにいても何の解決策も浮かばなかった。そして暗くなって家路についた。

その海に約3年ぶりに行った。新型コロナウイルス感染症が流行り始め、この海沿いに行く道路沿いの住人から警戒されてしまったこともあり、この道路を歩くのを避けていたので、それ以来だ。3年前はすれちがう息ですら感染の恐れがある、と警戒されてしまったな、と思い出した。今は、外を歩くだけではそれほど警戒されない。

そして、久しぶりの海を見ていた。冬の冷たい風が今日ぐらいの温度だと逆に心地よく感じる。正月だと人は多いが、比較的温かい今日はほとんど人気がいない。心が晴れやかになった。人のいない大自然の中で、太陽の光と風を浴び、見えるのが海だけの世界にいると、人間1人の悩みなどちっぽけに感じてしまう。頭の中にも光と風が吹き込んでくるような感覚がある。この感覚を得られたことが収穫だった。

そんな時に知らない人が私の方に歩いてきた。おそらく私のように海を見にきたのだろうが、その人に不安や恐れを感じた。私は一旦その場を去った。そして思い出した。メンタル疾患の時に目に入る人の姿、耳に入る人の声、つまり人の言動が恐怖の対象であった頃のことを。

程度の大きさは違えどもそれは今でも変わらないのだと悟った。私は今でも他人の言動にいちいち警戒し、不安と恐怖を感じているということを思い出した。そして、心理的疲労する。そういえば若いころからそうだった。人が怖い。これは紛れもない私の事実だ。

 

メンタル疾患が発祥する前、私は仕事で何故か評価がうなぎのぼりになり担当業務や関わる人が一気に増えた。高く評価されたことに気をよくした私は、自らの意思で積極的に人と関わっていった。充実感もあった。元来、私は人見知りではない。見るからに怖そうな人は別として、人に話しかけることは苦にならない。ただ、私はどう相手が反応してくるか事前に予想してしまう癖がある。そしてそれはいつも最悪の場合に備える予想であった。それは苦しく怖い。当然心が休まる暇もない。

ちなみに考える時間もないタイミングで罵詈雑言を浴びても、思ったほどには疲弊しない。(”思ったほど”なので、当然精神的な負担にはなる。)

つまり、人に悪い話をする行為そのものより、人に悪い話をする前の段階の想定の方が心に負担になっている。他人の言動という”事実”よりも自分の心の”想像”の方が心理的に負担を造っている、といった方がいいか。どうすれば人に嫌われないか、責められないか考えてしまう。準備してしまう。これがメンタルに良くない。

また、人からの急な話があった時も、相手にとって望ましいであろう回答を予想してしまう。自分の気持ちを抑圧し、その後の関係を考慮しながら。これもメンタルに良くない。

昨日の話とは全く違う結論ではあるが、そもそも私は自分の家庭を持ちたいと思っていなかった。他人が同じ家、部屋にいるとどうも心が休まらないからだ。他人のためにどう動けばいいか、何を発言すればいいか考えてしまい行動に移すからだ。多分一緒に他人から見ると喜ばれる行為をしているだろうとは思う。しかし、私自身は、いつも他人の発言、感想に心の底で怯えている。だが、人は、世間はそうは思わない。30歳までには家庭を持つのが”普通”。人との交流も見たところ”普通”な私に、その”普通”なことを要求しても、無理解とはいえない。当の私もその”普通”に従おうと思っていた。だが、心がどこかで拒否していた気がした。メンタル疾患になって休職願いを出した時、心の底ではホッとしたのを覚えている。これで、世間の”普通”から離れられる、つまり他人から離れられる、と。

私はもともと自己を卑下したりは殆どしない。むしろ自信過剰な方である。だからこそ、失敗をするのが怖い。失敗を認めるのが怖い。否定されるのが怖い。失望されるのが怖い。自信を喪失するのが怖い。

仕事の話に戻る。

今ではメンタル疾患の再発の傾向はほとんどないが、今の仕事は心が疲れる時が多々ある。今の所属部署は他人にとってよくない話を伝える仕事が多い。”監査”といえば読者はイメージしやすいだろうか。相手の言い分をそのまま認めるのならば、自分達の部署の存在意義はない。相手の間違いを見つけ、耳の痛いことをいえてこそ存在意義がある部署だ。私はその責務を全うしているし、仕事の放置はしない。しかし、一方で私は他人がどう反応してくるか事前に予想してしまう。頭の中で会話のやりとりが始まる。相手にも立場はある。言い合いになる。最悪のことを考えてしまう。心身的に疲労しまう。

そういえば、10年前メンタル疾患から仕事復帰できそうな時に自分が仕事として選んだのは、パソコン業務を中心とした単純作業だった。ほとんど1日中パソコンにかかりっきりで、人と接する回数が殆どない仕事だった。人と接しなくてもよいというのは気楽だった。もともと仕事はできたほうだし、人見知りでもないので、職場の人間関係もよかった。ただ、単純作業だけに給料はかなり安かった。元来この業務は夫の扶養控除の範囲内に収入を抑えたい既婚女性用に業務量が調整されていた。たまたま退職者がでたところの補充要員であった。扶養される前提の給料だと一人生活でもかなり厳しいぐらいなので家庭を持つなどとても不可能。っまた、その業務自体を働き盛りともいえる男性の私がしているのを見て、他の部署の人におかしな目で見られているのを肌で感じた。(所属部署は自分の病気を把握している。)そんな目に耐え切れず、もともと長居するつもりでなく、あくまで臨時なんですよと言い訳をしつつ、生活の為でもあるが、人目を気にして退職、転職した。

世間体がよく、自分のプライドを保てる仕事を探した。本当は人との接触が極力少ない仕事が私には向いているという事実に目を背けながら。そこを見透かされたかは知らないが、よく面接に落ちた。
また、この10年間、人との接触が限られていて体力仕事でもない仕事をしている。悪くいえば、女性用。中年男性の私がしていることは世間受けは頗る悪い。だが、再発防止を避けるためには良い。しかし、昨日の記事にも書いたが、こんな私に対し家庭を持つ話をされて衝撃を受けた。もう適齢期も過ぎ、世間受けの仕事をしているため、世間もほっといてもらえているものと勝手に思っていた。やはり、自分の心身を削ってでも家庭を持ち、それ相応の収入と地位をもつことを求められるのか。。。まだ、これだけ多様化といわれながらも世間体を要求してくるのか、誰のために自分は今生きているのか?生きる気力を失った。

そんな翌日、海に行った次第である。メンタル疾患の時は答えは海を見て答えはでなかったが、その後、自分なりに答えがでたことを思い出した。今回も答えは同じ気がする。自分の残りの人生をどうすればよいか。他人に世間に自分を理解しろ、とまではいう気はさらさらない。残りの人生、好きにさせてほしい、放置してほしい、とだけ願ったが、それすらも無理ということを思い出した。他人が怖いといのもあるが、私は、他人が私が期待する言動をしてほしいと希望し、他人が私の期待に添わない言動をすることに苦しむ。しかし他人に自分の思うとおりの行動を期待すること自体が間違っているのだ。

悩んだら、こころが荒んだら、また海に行こうと思った。