雇用関係助成金の私見。今回は”複数”の雇用関係助成金に共通する今年度から変わった「生産性要件の廃止」と「電子申請の本格的な開始」について。
この事柄について記事にしようとしたのは、インターネットで動画や記事を調べているにあたり、自分の考えとは異なるなあという意見に遭遇したため。
最初にお断りするが以下の考えはあくまで私見であり自分が正しいと断言できるほどの根拠があるわけではないのでご了承いただきたい。
1 生産性要件について
生産性要件の廃止が令和5年3月に突如アナウンスされた。
まずこの「生産性要件」をざっくり説明すると、雇用保険被保険者1人当たりの「付加価値」を3年前と比較して、6%以上*1アップした場合、助成金額が上乗せされるというもの。
この「生産性要件」の計算方は雇用関係助成金の独自性が強い。
というのも単純に労働者1人あたりの付加価値を上げるためには、利益を生まない人は会社から辞めてもらい労働者が減った方が1人当たりの利益があがることになるが、しかし退職=失業を促しては助成金の意味がないので、そうならないためなのか労働者の「人件費」を費用から除くなど独自の計算方法が入っている。(一方で役員報酬や派遣労働者への手数料は控除しないなど独自性が強い)つまり人件費が増えた分利益が減ったということは考慮されない。費用はかなり限定されるので決算上の利益比較ではないのである。
また3年前から今までの間に事業主の「解雇等」があれば対象外になる。これが結構難関で、3年間以上は事業主都合の解雇等があったらだめになる。尚、この”等”は3年以上雇った有期契約社員の雇止めも対象になったりする場合もある。
比較するのは3年前といったが3年”前”との比較がすべての助成金に適用されるわけではない。「人材開発支援助成金」は訓練開始前の”前年度”とそこから3年”後”の比較である。3年たった後、訓練開始”前”と訓練が終った”後”の比較である。
助成金によって違うので結構ややこしい。
今後どうなるのか、経過措置とか詳しい説明を長らく見つけることができなかったが、思わぬところでこの「生産性要件」の令和5年度以降の取り扱いをっ見つけることができた。それは、「人材開発支援助成金」や「人材確保等支援助成金」の”建設業向け”パンフレット。”経過措置”として載っている。詳しくはそちらを参照いただきたい。
ここからが私見。
今回は利用数が多いといわれているキャリアアップ助成金の正社員化コースについて。このコースについては”正社員転換日”が”取組”の日にあたり、生産性要件が適用されるかどうかは”正社員転換日”が令和5年4月1日より後になると「生産性要件」が適用されない。
そこで「生産性要件」の上乗せをめざすために、慌てて予定より早めて令和5年3月31日までに急遽正社員転換した場合は注意が必要である。令和5年3月末までに転換しないと助成金が減りますよ、という転換を急かしたような動画を某動画サイトで見たことがあるが、生産性要件のために正社員転換を早くするということは全ての会社で正しいとはいえない。
それはなぜか?正社員転換とは就業規則に定める転換規定に基づかないと、また対象労働者の雇用期間によっては正社員転換日によってはキャリアアップ助成金が不支給になりえるからである。当然「生産性要件」は上乗せの要件なので、そもそもの助成金が不支給ならばその上乗せ分も支給されない。「生産性要件」ばかり気にして本来の助成金が不支給になれば本末転倒なのである。
以下、具体例。(尚、以下「不支給」という表現を使っているが不支給になるかどうか判断するのはわたしではない。念のためお断り。)
- 就業規則の転換規定の転換時期と一致しない時期に正社員転換すると不支給。
- 転換前に6か月以上雇用期間がないと不支給。(人材開発支援助成金の一部を利用した場合は例外あり)
- 令和4年10月以降の転換だと、改正要件を満たした就業規則が施行されてその就業規則が適用された期間が6か月間は必要となる場合があり、6か月たつ前にそれより早く転換してしまうと不支給。
急いては事を仕損じる。助成金の統廃合が年度替わりで起こることはいつものことである。冷静に自社の状況を確認する必要があるかと思われる。
さて上記の急かした投稿動画を見たのはずいぶん前であったが、今更書いたのはこの記事が影響がでないようにするため、わかっていて”今更”のタイミングで書いた。急かされて早く転換しても、予定通り令和5年4月以降転換しても(予定でも)、転換日はもう年度跨ぎで変えられない時期だろうから書いた。*2
2 電子申請について
雇用関係助成金は令和5年6月下旬から電子申請が本格的にスタートする予定らしい。(一部の助成金は既にスタートしている。)
これについて、都道府県単位で審査の基準が異なるのが電子申請を機に統一化されのではないかと期待するアナウンスをしている動画を見たことがあるが、おそらくそれはないと私は思っている。
というのも雇用関係助成金の支給をするかしないかの決定権は管轄労働局長だからである。支給要件自体は全国共通だが、”審査”したうえで支給、不支給の判断をするのは管轄労働局長。つまり決定する者が違う以上都道府県ごとに判断が分かれる可能性は法令等が変わらない限りはある。
うちの県は審査が厳しいので統一化されれば他の都道府県並みに審査が緩和されるというようなアナウンスを上記の動画でしていたが、それはおそらく無理。決定権限は各都道府県労働局長だが、審査は全国のどこかで一括して行うということはおそらくあるまい。それならば決定権限は東京の厚生労働省の部署の長に一本化されているはずである。
あと電子申請がすすむと審査の過程が電子媒体の記録として残ることから判断が統一化に近づいていく、とは私も思う。
但し、誰がその電子記録を見ても申請者に忖度したと思われないよう”厳しい基準”で統一化に向かうと思う。「緩い」基準で統一化される可能性は低いと思う。
そもそも「厳しい」か「緩い」かという意見は申請者と行政の担当者の印象と感情、個人のレベルに左右される面が大きいので明確な基準はない。だが「厳しい」判断というのはだいたい、判断が厳格になるか、ちょとしたミス(自己判断)でも不支給という意味である。
尚、厳しい判断が間違っているかというと、むしろ正しいケースの方が多い。制度の趣旨を守れているのならば、ちょっとしたミスはヒューマンエラーとしてある程度みるというのも間違っていないが、どちらかで統一するとなると厳格な方になものだ。なぜならそれが厳格な方が条文から見て正しいからである。
支給要領に合致していれば支給にはならないのが大半の雇用関係助成金ではないのか?という突っ込みもあるかもしれない。ではなぜ支給、不支給の判断が管轄労働局長に委ねると支給要領に書いているのか?規定を見る限り支給、不支給の判断は、定められた申請書類と添付資料だけでなく、追加資料、事業主等への直接確認、実地調査によって決定すると規定されているからであり、要するに個々の資料や話した内容で判断が変わってくるからである。人間や事業活動はそんなに単純ではない。
司法判断と似たようなもので、基準を作ったとしても提示された事実と説明、解釈如何で判断は変わるものである。それに事業を営む上で想定外のことは起こるし、事業運営は会社それぞれで画一化しているわけではないし、同じ会社でも同じことを継続しているわけではない。
審査というか判断を統一化するということは、そういう変化や想定外のことやミスも切り捨てる面もある。また統一化はもともと定められた書類のみで判断される可能性が高いということであり、そもそも追加資料とか事業主への確認とか調査をするということは、要するにあらかじめ決まられた書類だけでは判断するのに不明点があるということでもある。統一化するというとなるとそういう不明点も「書類の不備」とし、追加資料も話し合いもなく不支給になりうる。要するに、記録に残るがために判断が悪い意味で融通が利かなくなる。
どこかの補助金で問題になったではないか。「書類の不備」ループが。
要約すると私は電子申請により審査が統一化するということは、厳しいレベルでの画一化に繋がり結果として不支給率の増加、支給の遅延が一時的に発生すると危惧している。
尚、電子申請自体を反対しているわけでない。電子申請が可能になったことは良いことだと思っている。
だが電子申請によって審査が通りやすくなるという希望は楽観視しすぎで、おそらく電子申請のほうが審査はより厳しくなり遅くなると予想している。
電子申請は郵送の手間とお金がかからず、ハローワークなどに届けに行く必要もなくパソコンで24時間365日申請が可能になった、そしてその受付日もパソコンで把握できる、という話だと現時点では思う。期限までに届いたのかモヤモヤしなくてよい、最初はそれぐらいではないか。
また行政の電子化については助成金に限らずコロナ過を機に始まったばかりともいえる。将来的なことは誰もわからない。現時点では楽観しても悲観しても仕方がないと思っているので私自身は楽観も悲観もしていない。
ただし、これも急いてはダメである。それは今のマイナンバー関連のニュースを見ればわかることであろう。