けーせらーせらー

仕事、メンタル、労働法、転職、書評に関するエトセトラ

メンタル疾患のことを書こうとしたら内容が飛び散らかってまとまられなかった失敗記事

はじめに

以下の記事は、当初は会社側の対応について書こうとしたら、感情的に思いを吐露する形になり、自分語りになったり、会社側の対応策は思いつかなかったうえに少子化対策の話になった失敗作である。

折角なので、残しておくけど、話が飛び散って結局何が言いたいかわからないので改行をいれておく。

 

このブログの過去記事やプロフィールを読んでもらえればわかるが、私はメンタル疾患の経験者である。しかも約20年前にひどい状況に陥り、寝たきり状態になっている間に会社を解雇された。その後、約3年半の無職期間がある。入院するほど重度化したのは数年間ではあるが、通常の労働をこなせるようになるまで回復するのに、約10年の時間を要した。人生でキャリアを積め、家族を持つ30代を棒に振った。

3年半の無職期間の後は、リハビリ期間として約2年バイトのような単純な仕事をした。大学卒業後の最初の会社では、イメージ的には公務員のキャリア職のような立場であり、20代後半から自分の親に近い世代の人を指導する立場にあった。その立場であった私が無職期間を経てバイト生活に入ったあとは、学校から出たばかりの新卒に命令される立場となった。

だが、このバイトの期間で資格を得て、今は専門職として働いている。メンタル疾患になる前に働いていた会社では、自分の同期や年下の後輩が部長か子会社の役員として働いている。彼らの年収は1000万円以上ある。今の私は、この20代後半の頃の年収とほぼ変わらないが、独身で過ごす分には支障はない。それに一切残業をしていないので、労働以外の時間を自分本位で過ごせている。

ちょっと長めの自己紹介となったが、何が言いたいかと言うと、メンタル疾患で重症化した場合の末路としてはこんな感じである。

世間様に認められる会社名も地位も年収もない。伴侶も子もいない。それが重症化したメンタル疾患患者の末路である。

一方で、自殺をするまでに至らなかった(自殺できないほどの寝たきりになった)ので、結果的に生きながらえている。別に世間にどういわれようが気にしないのならば、メンタル疾患になっても、今の日本では生きていける。

世間様、親族、近所、会社の人、異性に認められることを再起と呼ぶならば、再起していない。

伴侶を持ち、子を持つことで信用を得ることを再起と呼ぶならば、再起していない。

知名度のある会社でそれなりの地位に就くことを再起と呼ぶならば、再起していない。

何度再発しても休職しても会社に居続け、自分と家族を見下されないようにするのが再起と呼ぶならば、再起していない。

だが、自分の生きたいように生きることを再起と呼ぶならば、再起しているといっても良いかもしれない。

親はいまだに伴侶を持つことを期待しているようで、私が伴侶を持つまでは死ねないと思っているようだが、申し訳ないが私は伴侶を持ちたいとはもう思っていない。というか、ここ10数年、誰かを恋愛対象として好きになったことがない。闘病を経て、人を好きになるという感情が完全に消え去ったかのようだ。まあ、これは闘病前後の個人的事情もあるので、メンタル疾患患者皆がそうではないだろう。

老後は孤独かもしれないが、もう好きに生きたい。好きに生きるためには、病気や痛みで苦しんだり、活動が制限されることを避けたいと思っている。

だから私の今の一番の関心事は「いかに再発させないか」だ。あの苦しみだけは二度と味わいたくない。だから、再発になりかねない心身の状態になったら、再発しかねないハードな仕事量や、劣悪な人間関係に苦しむぐらいなら、我慢せずにすぐにでも辞めるつもりでいる。

そのためには、再発の予兆については色々学習してきた。これまでの人生を何度も振り返ってきた。その結果、朧気ながら自分なりの再発リスクというか、再発になりかねない心身の状態というのは掴んでいるつもりだ。勿論100%再発を防ぐことはできないだろうが、できる限りリスクは下げようと思っているし、少なくとも重症化は防ぎたい。

ただ、この退職してまでも再発させないという考えは、親は理解できないらしい。メンタル疾患になったことがないのだから当然だろう。だから今でも仕事を辞めることには反対されるし、無職期間を作ることを極端に嫌がる。無職=社会不適合者、犯罪者予備軍、というイメージがとれないのだろうし、世間は基本的に無職をそう思っている。

メンタル疾患になった子を間近で見ていた親でさえこうなのだから、今までメンタル疾患にかかったことのない人には到底理解できないだろう。面と向かって口に出さないだけで、人間というのは基本他人をなにかにつけて差別するものだ。

だが、私は誰にとっても個人ができるメンタル疾患への最大の防御策は、今就いている仕事を辞めることだと思っているし、それ以外では職場から異動して環境を変えることだと思っている。過重労働のせいと言い切れる状態ならば、一旦は休職するのもありだろう。

それで、出世街道から外れたとしても、世間様や周りから軽蔑の目で見られるようになったとしてもだ。メンタル疾患になって差別されないようにするためには、死ぬ以外にない。

つまり、メンタル疾患になっても生き続けることは、差別、軽蔑され続けることだ。それは揺るがない。それに立ち向かうためには、そういう差別する人間を殺すつもりぐらいの気概を持たないと、自らを苦しめて生き続けることになる。

本題。

では会社側にとって、メンタル疾患を発生させないために、またはメンタル疾患患者が重症化させないために、または死を選ばせないようにするためにできることといったら、転勤を含めて異動させて、今の職場から離すこと以外ないと思っている。

軽症の場合ならば、労働時間の短縮や休職は一つの手ではあるが、例え労働時間が減っても、仕事内容が変わらなければ、上司や人間関係が変わらなければ、同じ結果になるだろう。

異動できない場合は、本人が死と言う最悪の手段を選ばないように、プライバシーを守る、追い込まない、退職・転職を妨害しない、退職時期を延ばしたりしないようにするぐらいだ。

休職という手段をとれば、99%差別される。これは会社がどうこうできることではない。

パワハラ上司を排除すればいい、という意見もあるが、解雇規制がある限り、そうそう排除できないし、パワハラ上司はえてして成果をあげたりするので、その人を強制的に排除すれば、訴えられるリスクもある。日本社会は死という結果が出ない限りは変わらない社会だ。もし、その前段階で対処できる善意ある勇気ある人は、証拠がないという理由でパワハラ上司に裁判で負けるであろうし、もっと偉い人からその職を外されるだけであろう。

会社ができることは、異動しかない。

差別意識を変えることなどひとつの会社、ひとりの人間ではそうそうできない。

そもそも”労働”に対する位置づけが高すぎるからいけない。仕事の”キャリア”というものを継続性のあるものとして位置付けるからいけない。キャリアの途中に間が空いても気にしないぐらいでないといけない。また仕事における立場と知名度と収入だけが、自己実現の成果であり、社会的評価の軸であること自体がおかしい。だが、それはこどもの時からの教育から続く社会全体問題であって、例え総理大臣であっても1人の力では変えられないだろう。

とあるコメンテータが今の少子化の理由についてこういった。

「”キャリア”と言うのを、これまでの経験で築いていくものとして位置付ける以上、若い頃からキャリアを積もうとしている女性にとって出産と育児の期間は、キャリアを棒に振ることと同義。子供のころからそういう教育をすすめている以上、今の日本社会は女性からキャリアを奪うことになるのだから、少子化は当然の結果である」と。男性でもいまだ1年ぐらいの育児休暇を取れば出世街道から外れる。

学歴から仕事までずっと続けて、キャリアアップしていくことに価値を置くこと、一旦仕事の最前線から離脱することをマイナス評価するのは、少子化の問題もメンタル疾患の問題も根っこは同じである。一本道から外れることを認めない社会である以上、解決することはない。

そうであるならば、私は少子化をさらに推し進めて、同調意識や社会的評価と恥の意識が強すぎるもともとの日本人の血をもつ人を減少させて、この常識をひっくり返して、転職が当たり前、長期休暇が当たり前、労働以外の時間をエンジョイすることが当たり前の社会で育った外国にルーツをもつ人達に日本社会を変えてもらうのが一番の解決策なのではないかと思っている。