けーせらーせらー

仕事、メンタル、労働法、転職、書評に関するエトセトラ

心のはけ口:書くこと

私は他人の言動に左右されやすい。

他人の悪いエピソードを信じやすい。そしてそれを聞いて落ち込んだり、その人の評価を落としやすい。その悪いエピソードを聞いて、自分に何か悪影響をもたらすかと言うと、将来は兎も角、現時点でも過去でも悪影響をもたらされた事実はないのに。

異動に関する噂を信じやすい。その噂でもっとも悪いパターンになることを予期して暗い気持ちになる。もう何十年も、その噂が全部当たらないことを知っているはずなのに。噂など、ひとつの出来事が、誰かの予想が、尾ひれをつけて広がっていくだけなのに。そして異動に関して言えば、絶対に人事やその責任者は漏らすはずがないことを知っているはずなのに。自分が人事の時は漏らしたことがなく、まったく的外れな異動予想が勝手に広がっていくのを実体験で知っているはずなのに。

会社の職場で大抵一人は口も利かない相手になりやすい。自分に害を与える行為に我慢し続けることができないからだ。そして、その人間を排除したがる。その人間を排除するのに、膨大なエネルギーを費やす。そいつが排除できなければ、自分からその場所を離れることを選択しようとする。だから転職で上手くいかないのだ。

そして仮に1人排除したとしても、代わりに誰かの行動が目障りになる。人間10人集まれば、2人は嫌いな人間になるというのは当然なのに。いじめの構造と同じだ。いじめや暴力を避けようとすると、口を利かないのが一番であると我慢しているに、だ。

なぜこんな無駄なことに神経を使っているのだろう、ストレスを感じているのだろうと我に返る。だが、一つの予期せぬ出来事があると途端に思い出す。

この感情自体をなんとかしようと思う方が間違いなのだ。別のことに気をそらそうとするのが間違いなのだ。意識すればするほど記憶に残るというのに。

他人に話す行為はアリだと思うが、上記の出来事と無関係な他人はその状況を把握できないので、単なる愚痴になる。ではその事実を知っている仲間内に話すといいというと、これまた愚痴になる。そして悪口を言っていることは広がる。〇〇が悪口いっていたと広がる。たまにならいいが、しょっちゅう話すと癖になるし、マイナスの話ばかり聞かされる人にとってはたまったものではない。聞かされる方にとってどちらが心証が悪いかというと、悪口をいつもいう人の方だ。だから、そうそう悪口はいわない方がいいし、話すにしても感情的にならず、害を受けた事実を話した方がいい。

自分のなかで一番の解消法は”書くこと”だと今は思っている。そして私はこのブログをそのはけ口に使っている。人を特定しないよう、また自分を特定しないように書くから意味がないと思ったが、意外と特定しないように書くと、客観的と言うか主観が強くなりすぎない。書いていて頭が整理されてきて、「なんだ、大したことではないな。」と気づくことができる。

そして思うのだ。「なんで、俺がそんなことでウジウジ悩む必要があるのか。俺に喧嘩を売ってきたら、買ってやろうじゃないか、こ〇してやるよ」と。

なお、悪口の記事はアクセス数はほぼない。それでいい。はけ口なのだから。