巧遅は拙速に如かず

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朝ドラ「あんぱん」 残り1月 何者にもなれない夫婦の物語の結末は?

「自分は何者にもなれなかった」

朝ドラ「あんぱん」で主人公のぶの先週金曜日のセリフである。

朝ドラのネタバレを含むので一旦改行。

 

令和7年4月~9月の朝ドラは「アンパンマン」の作者「やなせたかし」氏とその妻「暢」さんをモデルとした物語である。主人公は「柳井嵩」氏の妻である「のぶ」さんであるが、夫婦が主人公といってもよい。

アンパンマン」は誰でも知っている有名作品ではあるが、雑誌に初登場したのは「やなせたかし」氏が50歳の時、そしてTVアニメ化されたのは「やなせたかし」氏が69歳の時だそうだ。やなせたかし氏の代表作が世に広まったのは、やなせ氏が晩年の頃である。

モチーフの史実に即したのか、ドラマが残り1か月ちょっととなる8月3週目の金曜日にはじめて「アンパンマン」の原型をやなせ氏が描いている。つまり、朝ドラ6か月間の間うちの約5か月は「アンパンマン」は登場しない。

また、このドラマは太平洋戦争中の期間を1か月ぐらい長い期間をかけて放送していた。戦争が終わったのは6月末ぐらいではなかっただろうか?やなせたかし氏の戦争中の経験があってこそ「アンパンマン」という主人公が誕生する、という流れなのだろう。

さて、最初のセリフに戻る。繰り返すが、この朝ドラの主人公は、「のぶ」という女性が主人公である。

その主人公が、6か月の放送期間の5か月目の終盤で、このセリフが発せられた。

「何者にもなれなかった」

アンパンマンが生まれる前だからだ、主人公を演じる今田さんという超美人が何をいうか、というツッコミがあろうが、そうではない。「アンパンマン」を生み出した妻としての発言ではなく、「のぶ」さんのこれまでの人生を通しての発言である。

教師になることを目指して、学校でのしごきと戦前の教師としての指導を叩きこまれ、「愛国の鏡」として、教師になり子供に国民としてあるべき姿を指導するも、戦後になり、その指導内容は全否定される。誤った指導を行い子供を導いたことを悔いて辞職。

速記技術を活かし、新聞記者、雑誌の記者になるも、ジャーナリストとして、孤児に対する思いいれがつよ過ぎる、つまり自分の感情が前面にでてしまうという致命的な欠点を編集長の指摘を受けて辞職。

政治家の秘書になるも、清濁併せ持つ政治の世界では、のぶが目指す理想には到達できないとして政治家から解雇を通知される。

そして紹介された民間企業に就職するも、若い女性が優先され、既婚者であるのぶは解雇される。

そして、2度の結婚をするも子供には恵まれず。

幼少期に父親に女でも大志を描けといわれ、その理想を抱き、行動、挑戦する主人公。何もしていない、口だけではなく、猪突邁進する。その前向きな姿はまさに朝ドラの主人公。しかし現時点で、自分は何も生み出せていない、と嘆く。女性の立身出世伝ともいえる朝ドラの主人公において物語の終盤で放つ言葉ではないし、そのセリフどおり、わかりやすい「何者か」にはなっていない。

「〇〇という職業について、名を成した人、〇〇という成果をだした人」という代名詞がつかない主人公を描いた朝ドラはめったにない。くしくも漫画家となり途中で挫折した「半分、青い」の主人公以来であろうか。

また、太平洋戦争に対して敗戦に至るまで肯定的で、お国のために命を捧げることを子供に教える主人公は記憶にない。この主人公が国民学校の教師という立場なので、そうならざるを得ないであろうが、日本は勝つ、贅沢は敵、だと最後まで信じている、戦争に肯定的な主人公として扱うのは珍しい。そして、その分、自分の指導内容が誤っていたと戦後、たびたび苦しむことになる。

戦争は開戦時から終始反対、「日本が負けたので戦争が終わった。これからは平和だ、やったー」という戦争の結果がわかっていたうえでの思想をもつ主人公が多い朝ドラとは一線を画す。

そもそも当時は日本が勝つ、お国のために、戦争に勝利し日本を守るため命を投げ出してこそ日本国男児のあるべき姿とされていて、それが主人公たちが教え込まれた「正義」だった。戦争に賛成なのが大多数の意見。(召集令状が自分や家族に届いた時、どう思ったかという胸の内は別の話)周りに対して反対を表明する人はごく少数であったはず。

そもそも、ほとんどの朝ドラの主人公が開戦時点から戦争反対なのが、敗戦し、その後日本が復興する歴史を知っている現在の知識を踏まえてた思想というのが時代背景的におかしな話だ。負ければ、植民地となり、多額の賠償金を背負わせれ、国土は他国に取られ、奴隷となり、または殺され、犯される時代でもあったのだ。

勿論、戦前戦中に信じられてた、教え込まれた「正義のための戦争」が敗戦した結果、「戦争をしかけた悪」にされた。信じた「正義」は、一瞬にして「悪」とされた。反動として、主人公は悔やみ、夫婦は「(悪に)逆転しない正義」を追い求める。その答えがアンパンマン誕生につながるストーリになることは想定されるが、戦時中に「愛国の鏡」として戦争終結まで生きる主人公は珍しい。

だからこそ、この朝ドラを時間の許す限り、私は見ている。脚本家、出演者他スタッフの力量と、戦争を長い期間をかけて描いたスタッフを称賛したい。モデルとなった人がいるのに、ここまで描けるスタッフと関係者に敬意を表したい。

さて冒頭の問いである。ドラマではこのセリフの後、夫である「やないたかし」に言われる言葉があるがそれはネタバレなので避けよう。では「のぶ」さん以外に問おう。

仕事で成功しないと、何者にもなれないのか?

子どもがいないと、何者にもなれないのか?

この2つは現在の日本でも、多くの人間に重くのしかかる。

仕事で成功しなさい。子孫を残しなさい。

その2つのどちらもできてない者は、何者でもない、極論すれば、生まれてきた価値もないのか?

その現在にも通じる問いを、先週、主人公のセリフを通して、脚本家は視聴者に突き付けてきてきた、と私は思った。

朝ドラの主人公は昨今は、実在の人物をモチーフとした偉人のような女性が多い。とある職業で成功する女性、良妻賢母として、社会的に成果を出した偉人ともいえる夫または子を支え、育てる女性。または現代が舞台のドラマで前回の「おむすび」のように、栄養士としてのエピソードが作れないならば、医師の仕事にも介入する荒唐無稽、現実無視の設定にする朝ドラとは一線を画す重厚な朝ドラである。

おそらく、あと1か月で、アンパンマンの誕生とともに夫婦が追い求める「逆転しない正義」とは何か、「何者かになる」のか、その回答が示されるであろう。それを楽しみに待ちたい。