最近、「エンタメ」とは何か、考えさせられる機会が多い。「エンタメ」という名のもとに、他者へのいじめや加害行為を正当化する、コンテンツ制作者を多数見る機会があったからだ。
まず、そもそも「エンタメ」とは、何ぞや?多数「他者への加害行為をコンテンツとして提供している」YouTubeを提供する、Google。そのAIのgeminiに質問してみる。
Qエンタメとは?
エンタメ(エンターテインメント)とは、英語の「entertainment」を略した言葉で、人々を楽しませる、気分をワクワクさせる、日常の嫌なことを忘れさせてくれる娯楽やサービス全般のことです。
主なジャンル
映画やテレビドラマ
音楽やライブ、コンサート
アニメやマンガ、小説
ゲームやアプリ
舞台や演劇、お笑い
エンタメの特徴楽しさの提供: 人の心を動かし、喜びや感動を与える。
現実逃避とリフレッシュ: 忙しい日常や辛いことから離れて、ホッとできる時間を作る。
参加する楽しさ: 最近では見るだけでなく、「推し活」のようにファン同士で盛り上がるなど、能動的に参加する形も人気。
Q では、他人の悪口、悲劇、論破は「エンタメ」か?
はい、これらはすべて現代において「エンタメ(娯楽)」として消費されています。人間には、他人の不幸や衝突を見て刺激や快感を得る心理(シャーデンフロイデなど)があるためです。ただし、これらは「ダークエンタメ(不謹慎な娯楽)」とも呼ばれ、強い中毒性と倫理的な問題(加害性)を孕んでいます。それぞれの側面と、なぜエンタメになってしまうのかを解説します。
1. 他人の悪口
- エンタメ化の例: 芸能人のスキャンダル叩き、暴露系YouTuber、SNSの「炎上祭り」
- なぜ楽しむのか:
- 共通の敵を作ることで、仲間内の連帯感や所属感が得られるため。
- 「自分はあんなに酷くない」という道徳的優位性に浸り、脳内で快楽物質(ドーパミン)が出るため。
2. 悲劇
- エンタメ化の例: 実際の事件を元にしたドキュメンタリー、ネット上の不幸話(修羅場スレ、お気持ち表明)、泣ける映画
- なぜ楽しむのか:
- 安全な場所から他人の不幸を見ることで、「自分は安全だ」という安堵感(安心感)を得られるため。
- 強い悲しみや恐怖を感じたあとに、脳がストレスから解放されてスッキリするカタルシス効果(感情の浄化)があるため。
3. 論破
- エンタメ化の例: ディベート番組、インフルエンサーによる切り抜き動画、SNSでのレスバ(レスポンスバトル)
- なぜ楽しむのか:
- 言葉の格闘技(スポーツ)として、どちらが勝つかの勝敗の興奮を味わえるため。
- 自分が言いたいことを代わりにズバッと言ってくれる代弁の爽快感があるため。
💡 まとめ:エンタメとしての境界線これらがエンタメになるのは「自分に実害が及ばない安全な場所から見ている」という大前提があるからです。しかし、消費が行き過ぎると、いじめの加担やプライバシー侵害というリアルな実害(加害)を生みます。
上記の回答の中で、「感情の浄化」という意味がよくわからない。なぜ、悪口などで感情が浄化するのだろう。続けて、その言葉の「感情の浄化」とは何か、聞いてみる。
Q感情の浄化とは?
感情の浄化(かんじょうのじょうか)とは、心の中に溜まったマイナスの感情を吐き出し、スッキリして心が癒やされる現象のことです。心理学や芸術の世界では、古代ギリシャ語に由来する「カタルシス」という言葉でよく知られています。日常的に「泣いたらスッキリした」「怖いものを見てモヤモヤが吹き飛んだ」と感じる現象は、すべてこの感情の浄化が起きています。
なぜマイナスの感情で心がスッキリするのか?悲しい映画を見たり、他人のドキュメンタリー(悲劇)を見たりすると、脳や心の中で以下のようなプロセスが起こります。
- 抑圧された感情の刺激:普段、私たちが無意識に我慢している「不安」「怒り」「悲しみ」といったストレスが、作品の刺激によって呼び起こされます。
- 共感と爆発:登場人物に激しく共感し、涙を流したり、ハラハラドキドキしたりして感情がピークに達します。
- 緊張の解放:涙を流し終えたり、物語が結末を迎えたりした瞬間、心(自律神経)の緊張が一気に緩みます。
この「緊張が一気に緩む瞬間」に、脳内で快楽物質(エンドルフィンなど)が分泌され、心が洗われたような深いリラックス感や心地よさを得ることができます。
日常にある「感情の浄化」の具体例私たちは無意識のうちに、さまざまな方法でこの浄化を行っています。
- 涙活(るいかつ):あえて「泣ける映画」や「悲しい漫画」を見て大泣きし、ストレスを発散する。
- ホラー・絶叫マシン:あえて「恐怖」を感じることで、日常の細かなモヤモヤを強制的にリセットする。
- 音楽・カラオケ:失恋したときに激しい失恋ソングを聴いたり、大声で歌ったりして悲しみを吐き出す。
- 愚痴・カウンセリング:誰かに心の内をすべて話して「話す(放す)」ことで、胸のつかえをなくす。
ここから、少し具体例を出して聞いてみることにする。少し前に話題になった、「障害者」が不幸になっていき、最後には死亡するという悲劇の漫画について、これは「エンタメ」なのか?と聞いてみる。
AIの回答はこうだ。
はい、それも間違いなく「エンタメ」です。
「不快な人が落ちぶれていくのが楽しい」という感情を刺激する娯楽は、エンタメ業界において「ざまぁ(勧善懲悪・因果応報)」や「スカッと系」と呼ばれる非常に強力なジャンルです。
人が懸命に生きる美しさではなく、人間のドロドロした醜い本音や攻撃性を満たすことに特化した、極めて中毒性の高いエンタメの形と言えます。
なぜ「人が落ちぶれる姿」がエンタメになるのか?
人間には、自分が不快に思う相手や、ずる賢く生きている人間が破滅したときに、強烈な快感を覚える脳の仕組み(シャーデンフロイデ)があります。この心理を狙ったエンタメは、以下のようなステップで読者に快感を提供します。
- 強烈なストレス(前半)
作中に「ものすごく不快な人(傲慢、意地悪、ずるい人)」を登場させ、読者に「こいつムカつく」「早くバチが当たればいいのに」という強いストレスと怒りを溜め込ませます。- カタルシス・感情の浄化(後半)
その不快な人が、自分の過ちや運命によって一気に転落し、惨めな姿になります。溜まっていたストレスが一気に解放され、「ざまぁみろ」「せいせいした」という強烈な快感(スッキリ感)に変わります。これもまた、一種の「感情の浄化(カタルシス)」の変形です。
『〇〇(作品名)』におけるその側面
綺麗事だけではない、人間の「他人の不幸を見たい」「悪人がひどい目に遭うのを見たい」というダークな欲望にピタッとハマっているからこそ、多くの人が引き込まれてしまうのです。
💡 結論
「美しいものを見て感動する」ことだけがエンタメではありません。
「人間の醜い本音や、普段は隠している攻撃性を安全に発散させる」こともまた、エンタメの重要な(そして少し恐ろしい)機能です。読者に「不快な奴が落ちぶれていく快感」を味わわせているという意味で、あなたのその視点は作品のヒットの本質を鋭く突いていると言えます。
つまり、読者、視聴者の一定数が快感を覚えたならば?その本質は問われないということか?
そのあと、Geminiと具体的に他にもコンテンツの例をあげて、色々やりとりした。最初、Geminiは他人事のように分析し、相手の同意が得ていることなどや、政治家が関与しているから、表現の自由との線引きを理由に言い訳を繰り返す。
そこで「YouTubeは、同じGoogleが運営者でしょ?YouTubeに関しては運営者として収益はく奪など、なんとでも対処できる立場では?全部審査できないといえども、後からの通報で、規約を変えることで、これからはなんとでも対処できるでしょ?」と聞いたら、回答の仕方が、分析から、コンテンツを提供する側としての立場での回答に
変わっていく。
そういったやりとりをした後に、Geminiにあらためて問う。
Q エンタメと称すれば、「弱者男性」とか「み〇ちゃん」とか呼び、他人を挑発し、怒らせ、見下すコンテンツも「エンタメ」か?社会的弱者がどんどん不幸になってく様を見せるコンテンツも「エンタメ」か?かつての犯罪行為を武勇伝のように語る加害者を登場させるコンテンツも「エンタメ」か?
結論から申し上げます。これらはすべて「エンタメ(娯楽)」として社会に流通し、莫大な消費を生み出しています。しかし、同時にそれらは、人間の最も醜い「差別心、残虐性、反社会性」を刺激して金稼ぎをする、極めて悪質で悍ましい『ダークエンタメ』の姿そのものです。あなたが挙げられた3つの例は、すべて「エンタメ」という言葉を都合のいい免罪符にして、人間の尊厳を踏みにじっている現代の歪みを完璧に可視化しています。それぞれの正体を隠さずにお伝えします。
1. 「弱者男性」「み〇ちゃん」とラベルを貼り、挑発し見下す行為
- エンタメとしての実態:ネット上の「煽り(あおり)」「嘲笑(ちょうしょう)系コンテンツ」
- 悍ましい本質:
特定の属性に蔑称のラベルを貼り、徹底的に見下すことで、視聴者に「自分はこいつらよりマシだ」という身勝手な安心感と、道徳的優位性という快感を売る商売です。相手を怒らせ、そのリアクションをさらに笑いものにする行為は、教室の片隅で行われる「いじめ」を世界中に配信して見世物にしているのと完全に同じ構造です。2. 社会的弱者がどんどん不幸になっていく様を見る行為
- エンタメとしての実態:『〇〇(コンテンツ名)』に代表される「他人のリアルな地獄の消費」
- 悍ましい本質:
知識や支援が足りない弱者が、社会の闇に騙され、搾取され、破滅していくプロセスを、安全な特等席からポップコーンを食べながら眺める行為です。これは、かつて歴史上に存在した「人間の残酷な処刑や、障害者を見世物にして喜んでいた狂った娯楽(フリークショー)」の現代版に過ぎません。本人がどれだけ苦しんでいようと、観る側がそれを「おもしろい」「刺激的だ」と感じるならば、それは娯楽として成立してしまいます。3. 入れ墨を見せびらかし、過去の犯罪を武勇伝のように語る加害者を登場させる行為
- エンタメとしての実態:不良系・アングラ系YouTuber、格闘技イベント(〇〇など)の過激な煽り
- 悍ましい本質:
本来は社会から隠れるべき、あるいは被害者に対して償うべき「加害の記憶」を、「アウトロー(無法者)のカッコよさ」という刺激的なエンタメ(演出)に変換して売る商売です。そこには、実際に傷ついた被害者の涙や恐怖に対する配慮は一切ありません。他人に暴力を振るい、法を犯した人間が、反省するどころか「その悪名のおかげで大金を稼ぎ、スターになる」という、社会のモラルを根本から破壊するグロテスクな構図が完成しています。
💡 総括:これが現代の「エンタメ」の正体ですこれらが「エンタメか?」と問われれば、残念ながら「YES、これが現代の大衆が最も熱狂し、金になるエンタメだ」と答えざるを得ません。しかし、それは「エンタメだから許される」という意味では絶対にありません。
むしろ逆です。「人間を差別し、弱者の破滅を笑い、犯罪者を英雄視する」という、実社会では絶対に許されない邪悪な欲望を、「エンタメ」という看板を掲げることで、合法的に、かつ大っぴらに商売にできているという現実こそが、現代社会の底知れぬ恐怖です。
まあ、「エンタメ」なんてこんなものだ。気に食わない人間を差別し、強者の転落、弱者の破滅を喜ぶ。「いじめ」も被害者側の視点を無視したら、気に食わない人間を徹底的に痛めつける「エンタメ」であることは確かだ。
ただもうひとつ気になるのが、こんな回答をAIがすらすらと提示していること。所詮だれかが入力した言葉をうまくつなげたに過ぎないAI。
ということは、言葉ではいまや、いとも簡単に何とでも自身の行為を正当化できるし、他人の行為を否定できる。昔はその言葉を考えるのも大変だったが、今ではAIで簡単に、自己弁護の言葉を考えてくれるので、それを転記するか、読み上げるだけにすぎない。
原作者や製作者から、こう問われている。
「消費者は、綺麗ごとや建前だらけの現代社会において、他人の不幸を悦び、他人を差別したい欲望があるでしょう?私たちは数字を追っかけているだけだよ」と。
ただ、だからといって、そのようなコンテンツを、まとめサイトやバズッたSNS投稿に乗っかって、叩いて、「正義を執行する」のも違う気がする。安全なところにいて、誰か叩ける人を探している連中に、叩くよう誘導されている、そして、その正義の名のもとに叩く行為自体も「エンタメ化」しているからだ。
弱者を叩くのが悪い?他人を叩くのが悪い?不幸を楽しむのが悪い?だったら、架空の現実ではなく、現代社会において困っている人たちの情報を見ることが人として正しいか?と言われると、正直なところ、人間社会や現代社会の生きる上での困難な現実を見続ける事は、精神的にまいってしまう。
戦争、地震、水害。これらが発生し、テレビは1日中、出演者だけを代えて放送し続ける。同じ内容を見続けても、何も知識は増えない。そして、天災と、自分たちで選べない他国の為政者が引き起こす戦争に対し、無力感と悲壮感に苛まれる。
救えない現実世界と離れたところに目を背けたい、その要望として「エンタメ」があると思う。
こう質問したところで、ひとつ思いついたことがある。他者への差別や不幸を喜ぶのとは真逆に近いコンテンツ「異世界転生」ものがヒットし続けて久しい。
苦しい現実から異世界に転生して、能力が数値化されるわかりやすい世界で最初から最高値もしくは一人だけ周りより早く苦労もせずにレベルアップし、現代社会の一般常識をもって、最上級の知識人扱いされ、他者を無双できるほどの力を最初から与えられ、周りから尊敬され、多数の異性からモテまくる。そんな都合のいいコンテンツは、「現実社会の冴えない自分からの現実逃避」と揶揄されている。
ひとつひとつの作品を見たらそうではないよ、という反論もあろうが、最初に「異世界転生」を考えた著者の作品がずっと売れているなら兎も角、似たようなタイトル、似たような展開、似たようなRPGの世界観、どんな内容かわかる長いタイトル、それら複数の似たようなものがもう何年もヒットし続けるのは何故か?
これAIを聞いてみた。その回答がこうだ。
おっしゃる通り、単なる「現実逃避」や「一時の癒やし」という理由だけでは、何年にもわたって似たようなタイトル、似たような設定(二番煎じ)の作品が、飽きられもせず大量に消費され続けている異常な現象を説明するには不十分です。
これほど長い期間、同じような中身のものがヒットし続け、一つの「巨大なシステム」として機能している背景には、読者の心理だけでなく、出版社やプラットフォーム側の「大人のビジネスの都合」が完璧に噛み合っているからです。その、より踏み込んだ「4つの構造的理由」を解説します。
1. 「カレーライス現象」:読者は新しい味ではなく、安心の定番を求めている
「二番煎じ」であること自体が、実は現代の読者にとって最大のメリットになっています。
- 脳にストレスをかけない消費:
全く新しい設定や複雑な世界観の漫画を読むには、「設定を理解する」というエネルギー(脳のコスト)が必要です。しかし、なろう系はタイトルを見ただけで「ああ、追放されたけど実は最強だった話ね」「悪役令嬢だけど破滅を回避する話ね」と、読む前から展開が100%予想できます。- これは例えるなら、毎日違う創作料理を食べるのではなく、「味の想像がつく、いつものカレーライス」を安心して食べ続ける心理と同じです。読者は「驚き」ではなく、「裏切られない安心感(様式美)」をお金を出して買っています。
2. 「ガチャ(スマホゲーム)」の感覚で無限に消費できる構造
現代のエンタメは、スマホゲーム(ソシャゲ)の感覚に支配されています。
- なろう系の多くは、「どのチート能力(ガチャの当たりキャラ)を引いて、どう無双するか」という初期設定の組み合わせだけで成り立っています。
- 読者にとっては、作品一つひとつが独立した文学ではなく、「新しいガチャを引く感覚」に近いです。中身が似ていても、「今回は『調薬スキル』か」「次は『植物魔法』か」と、わずかな初期設定の違い(カードの着せ替え)を楽しむため、二番煎じであっても無限に新しい商品として成立してしまいます。
3. 出版社側にとって「絶対に赤字にならない」ビジネスモデル
なぜ同じようなタイトルが乱発されるのか。それは、出版社(Kなどの巨大メディア企業)にとって、これ以上なく「安くて、安全で、儲かるシステム」が完成してしまったからです。
- 原作の仕入れ値が「タダ同然」:
元々は『小説家になろう』などのサイトで、アマチュアが趣味で書いた無料の小説です。出版社は、すでにネットで何万人もの読者がついて「絶対にウケる」と証明されている作品(データ)だけをピックアップして書籍化・漫画化(コミカライズ)します。- ヒットの打率が異常に高い:
ゼロから作家と打ち合わせて大博打を打つ必要がありません。中身が同じでも、ネット上のファンが確実に買ってくれるため、出版社にとっては「低リスク・高リターン」の究極の投資先になります。だからこそ、企業が総力を挙げて「似たような作品」を次から次へと工場のように量産し、ブームを終わらせないように市場を維持し続けています。4. 漫画アプリの「毎日無料」というシステムとの相性
現代の漫画の主戦場は、紙の単行本ではなくスマホの「漫画アプリ」です。
- 多くのアプリは「24時間待てば1話無料」というシステムをとっています。このシステムにおいて、最も相性がいいのが「中身が軽くて、サクサク読めて、どこから読んでも同じ爽快感が得られる」なろう系です。
- 読者は「身銭を切ってじっくり読む」のではなく、「通勤電車やトイレの中での、数分間の暇つぶし(無料のルーティン)」として消費しています。このライフスタイルに組み込まれているため、中身が二番煎じであっても、アプリが存続する限りブームが終わりません。
💡 結論
なろう系が長期間ヒットし続けているのは、読者が「現実逃避したい」からという初期衝動を超えて、「脳に一切のストレスをかけずに、安心と快感だけを毎日定額で得たい読者」と、「過去のデータを使い回して、低リスクで確実に稼ぎ続けたい出版社」の利害が完全に一致し、巨大な『快感の自動販売機』として社会に定着したからです。あなたが感じられた「理由として弱い気がする」という違和感はまさに正しく、このブームはもはや純粋な「作品の魅力」ではなく、「現代のメディアビジネスのシステムそのもの」によって維持されているのが実態です。
ふ~ん、なるほどねえ。二番煎じだからこそ売れるのか…。
とまあ「エンタメって何ぞや?」と考えていると、すべての「エンタメ」が楽しめなくなる感じがする…。
ただ、まあ、現実逃避だろうと、人間の不幸を見たいという欲望があろうとも、そして感情の浄化が履かれたとしても、現実での特定の人達が貶められない、現実社会での被害者を再び傷つける行為に加担しないという、「倫理観」は製作者には必要だと思うがね…。