だいぶ前の話であるが、「なぜ、世界の紛争などは叩かないのに、芸能人、著名人の不倫は、一般大衆から叩かれるのか?」という質問に対して「暇だから、バカだから」という風な答えを出していた人がいたような気がする。答えが違ったかもしれない。まあ、記憶するほど暇ではない。質問内容はともかく、不倫に群がる視聴者、購読者を挑発していた回答だったのは確か。芸能人、著名人にとっては不倫報道に対して昨今の風潮に異を唱えたいのだろう。
ただ、「不倫」をスクープするのは週刊誌である。マスコミのお仲間である。一般人はそんな不倫を見つける事など探偵でもあるまいしできない。週刊誌が勝手に報道しているのが目に入るだけで、週刊誌に文句をいってくれとは思う。
彼ら彼女らが「不倫」をスクープする週刊誌に文句を言う理由は簡単至極である。
自分、または自分の仲間に火の粉が飛ぶから。自分たちの行動(性欲)の邪魔をするな、と正直にいえばいい話だが、暇だから、バカだからといって論点をずらそうとしている。または、挑発することで視聴者、購読者の感情を刺激したいかのどちらか。
実際「赤の他人が不倫しようがどうでもいいだろ?」といわれれば、たしかにそうである。他人の夫婦のことなど知ったことではないし、知りうるのは週刊誌がすっぱ抜いた不倫関係だけであって、世の中の不倫の全てを知っているわけではない。一部の不倫をもって、相手を叩くのは不公平だし、スクープされた人にとっては、「ほかの芸能人もやってるのになんで自分が?」と、まるで駐車違反の交通違反の切符をきられたときに、「ほかの人も駐車違反をしているのに、なんで自分が?」というのと同じような心理なのだろう。
芸能人の有名税?とはいわれるが、正直、私はそうだし一般人のほとんどは芸能人の不倫なんて一ミリも興味はない。かつてのスターは外に妾がいた人もいた。芸能人の一部は、性を売りにして仕事をとってくる人がいる職業だとも思っている。
そんな芸能人の性の活動なんて、給湯室の井戸端会議のように、日常生活で話のネタがつきた時にするようなものであろう。どうせすぐに忘れる。なぜなら、自分の人生に一ミリも影響しないから。…暇だから、というのは一理ある。暇な時間のネタである。
不倫自体を本心で良くないと反応する人がいるとしたら、過去に自らが不倫された人で、過去の自分の記憶を呼び覚まされているからではなかろうか?
他の人にとっては、不倫は「どうでもいい」話である。
そう考えると、週刊誌もそうだがワイドショーの話題なんて、基本的に「どうでもいい」話が多い。例えば殺人事件で犯人を推理する時間をいまだにやっているが、拳銃や刃物を持った犯人が逃走中ならば自分の身を守るために必要な情報な場合もあるが、容疑者が捕まった段階で、もう終わった話である。最近は水害で派手な水没シーンを探し歩いてそこだけ見せている。水害もワイド「ショー」化けしている。
犯人の予想や、犯人の動機は、被害者や被害者遺族以外にとっては「どうでもいい」のである。いや、くだらない暇つぶし。それを座ってワイプで見てコメントしている芸能人も視聴者と同じ。よほど暇なのか、出演料が金になるかのどちらかだろう。
おっと、話がそれた。今回は不倫の話である。刑事事件の話を出したのは、要するにワイドショーや週刊誌の書いている話なんて「どうでもいい」のである。
「どうでもいい」とは、自分には関係がない、どうなってもいい影響も悪い影響もない、自分の人生に関係がない、ということ。だから、テキトーなコメントであるが、自分の人生に影響のあることではないので、当たり障りのない話のネタになる。
…うん、暇だから、という回答は、間違っていないな。
だったら、なぜ不倫をした芸能人たちがどうして叩かれるのか?
そして週刊誌がスクープしても対して話題にならない人もいれば、テレビから追放されるような芸能人がいる。その違いは何か?
そんなときふと、不倫ではない別のどうでもいい理由で叩かれていた芸能人がいた。それを見て私はこの命題に対する答えとして、ふと思ったのだ。
そもそも、視聴者は、その芸能人がもともと、嫌い、もしくは嫌悪感を抱いていた。ただ、その感情をもって叩かなかっただけだ。
結婚したときに、成功したときに叩けば「嫉妬」とみなされ、他人の幸福を祝えない「狭量な人」扱いされる。ただ、結婚してもテレビにでまくっていて、見るのも嫌いな人は誰しも1人や2人いるはずだ。排除するほど嫌いなわけではないが「気に食わない」人間はいるはずだ。
特に芸能人は、大量に番組に出る。その発言、行動、表情を見て、ムカッとくることはあってもおかしくない。
そんなときに「不倫報道」がでる。
「不倫」というのは、倫理感が欠如しているということで、社会的に悪とされる。つまり、叩ける理由を芸能人のほうから提供してくれるわけである。他人の幸福や人気や才能に対する嫉妬という理由を言われる、または誹謗中傷と言われる、「狭量な」「不幸な負け組」というカウンターを受けずに、いけ好かない芸能人たちを叩ける、大義名分になりうるのが「不倫」だからではないか?
正直、赤の他人が赤の他人と不倫しようが自分にとってはどうでもいい。ただ、「不倫」という大義名分をもって、そのいけ好かない芸能人がテレビや雑誌、インターネットから消すことに向かわせるいい理由ができただけのことではないか?まあ、消すほど嫌いな芸能人がいるというわけではないが、偉そうに一般大衆に説教じみた発言をする機会は減る。
他国の紛争は自分がどれだけ叩こうが、止まらない。だが、嫌いな、またはいけ好かない芸能人がテレビから消せる理由が「不倫」なのではないか?
異論は認める。人によって叩く理由は異なるであろう。気に食わない理由は違うだろうし、絶対に許さない行為だと思っている人もあるし、不倫を持て囃す風潮になるのは駄目だ、と思っている人もいるだろうし、どうでもいい行為は人によって異なるだろうから。だが「不倫」であろうが、理由は「倫理に反する」ことではなく、何らかの「不道徳」「非常識」「不適切な言動」などの理由があれば、なんでもいいのではないか?と思う。
その芸能人がお仲間の芸能人からみて「いい人」かどうかなどはどうでもいい。あったこともない人の性格など知りえない。単に生理的に気に食わない。不快感をもつ芸能人。それを目にする機会を減らせる理由が週刊誌から提示されたから。
後、不倫した芸能人の配偶者が、芸能人か一般人かによっても話が変わってくる。この辺りは推測であるが、一般人の配偶者が「許した」といったとその芸能人が言った場合は、他の人は一般人の配偶者の意見を確認しようがないので、これ以上、「不倫」という正義をふるう大義名分が失われるのと、配偶者が芸能人である場合は、ベストカップル賞?みたいな「大衆が憧れる羨ましい夫婦」のような持ち上げられ方をされていて、それが、単なるイメージ戦略に過ぎず、化けの皮がはがれたかの瞬間を見れて、ワイドショーでもてはやされる「いい人」が実は犯罪者であった、という驚きをもって、感情が揺さぶられるからであろう。
そもそも、芸能人や著名人を聖人君主のように、人格者のように、先駆者、成功者のように持ち上げるほうがおかしい。皆が見習うべき、リスペクトすべき成功者のように扱うから、または門外漢の問題まで発言するコメンテーターの仕事をするから、視聴者からみたら、上から目線のようで反感を買ってしまっているのではなかろうか?
もともと、ダーティーなイメージで認知されていて、コメンテーターのような仕事をせずに他人に説教をしていない芸能人のほうが、不倫をしても誰もそうは思わないものだ。(警察に御厄介になる場合を除く)
あと、価値がある有能な芸能人の場合は、不倫してもそれほど叩かれない。やはり、視聴者から見て「価値がない」と思っている人間が「価値がある」風に扱われていることを快く思っていないからで、その心理は「嫉妬」と定義されるから、「嫉妬」が理由も正解かもしれない。「嫉妬」は「羨ましい」からでもあるが、自分より価値が低いと思っている人間を、周りが自分より価値が高いと扱う場合に対しての不快な感情も「嫉妬」だからだ。
昔、CMで子役が「芸能人は持ち上げるだけ持ち上げて、落とされるから、もてはやされるときは注意しろ」というような話をしていた。不倫で叩かれるのは、持ち上げられすぎただけで、週刊誌といっても、その座から引き落とされたいお仲間の情報提供で、売られているのではないの?と邪推している。
まあ、どうでもいいうえにカネにもならない話を3500字も書いてしまった。最初の命題を出した人は、このテーマで読者を小馬鹿にすれば小銭が稼げる、と言っていたようなことを思い出した。小銭にもならない話で時間を使ってしまった。
私の結論。
不倫を叩く理由は、気に食わない人間を誹謗中傷とされずに叩ける理由として「不倫」が使えるから、だと思っている。尚、暇だから、も正解で、自分が忙しい時に報道されても叩かない。だって「どうでもいい」相手だから、忙しい時にさく時間でもない。
つまり、今日の私が暇だっただから、このネタを書いた、のに過ぎないのだ。
追記。
この記事を書いた後に、ふと「不倫のドラマや、不倫小説は人気があるのに、実際不倫をした人は叩くのは何故だろう?」と思ってしまった。
倫理に反する、といえども、結婚対象となる相手、セックスの相手は、この世で結婚したら1人しかいない、なんてことはなかろう。性欲の対象となる相手は結婚したからと言って1人になるわけではなく、世の中に多くといよう。社会構造上、家庭制度、家族制度を維持する以上は非推奨だが、あえて他人の不倫の現場が見つかったからといって、それを叩く必要も、報道する意義もあるまい。
やはり、不倫自体を否定するのはなく、不倫という口実に、その人を叩ける口実になるいる、下世話なネタにできる、という理由にすぎないのかもしれない。