とある本を読んでいるさなか、自分の心の中で「そうか、これか」と、思ったことを記録に残す。
懲りずに、他人に対する「怒り」についてや、「他人を許すこと」について記述がある本を読んでいた。どこの職場にいってもどうしても許せない人間、怒りが収まらない人間がいつも1人はいるのだ。どうしたものか、と思っている。「他人は変わらない」ことはわかっていても「嫌いなものは嫌い」だし、嫌いな人間に対して怒りがどうしても収まらないのだ。
そんな時、とある本に「人を傷つけるタイプ」という紹介があった。その本は最後まで読んでいないのだが、その紹介のところを読んだ翌日、ピンと来たのだ。
ちょっと話は飛ぶがよく自己啓発本に「傷つくのが怖い」というテーマの本がある。傷つくのを恐れないというのは、嫌われるのを恐れているからとか、自分の〇〇すべきという意識が強すぎるからだ、という紹介があったりする。
この「傷つくのが怖い」とか「他人に嫌われるのが怖い」という表現にピンとこなかったが、ちょうど上記の本の、「人を傷つけるタイプ」という項目を読んだ後に、ピンときたのだ。
自分の場合は、この傷つく、嫌われるのを恐れているというよりは、”他人からの報復されること”を恐れているのだと。
自分の意見を通すことで、または、自分の言動で他人に被害が世読んだ時に、他人が自分に反撃してくるのではないか、他人が自分に危害を与えてくるのではないか、他人が自分に対して怒ってくるのではないか、と色々、他人が報復という形で攻撃してくるという悪い想像をして身構えていることに気づいた。
他人から攻撃を受けた経験があるならわかるはず。身の危険を感じ、恐怖を感じ、自分の財産の喪失の恐れを感じ、また実際負傷して痛い思いをする、その怖い経験は記憶として残る。
だから、誤ったをした時、または他人から見たら良くないことをする時、他人から報復を受けるのではないか、と過去の経験から身構えてしまう。そして、それが不安となっている。
だが実際、他人から危害を加えられる時というのは想定外の時が多い。過去の記事にも書いたが、自分が単なる事実を伝えただけだとしても、相手によってはその事実に傷つき、攻撃されたと解釈する場合があるのだ。だから、事前に想像して不安になっても、大抵は杞憂に終わる。
逆に想定していない時に反撃されることが多いので、その時にパニックにならず、冷静に対処する護身術というか、身の守り方を覚えておいたほうがいいし、普段から必要以上に相手を追い詰めないようにした方がいいし、相手の名誉をいたずらに傷つけないほうがいい。
以下、他人を傷つける5つのタイプを記載する。これはその読んでいる本「許せないという病」という本から引用させてもらった。私なりの理解で文章を簡略化しているが、正確な情報は引用先の本で確認してほしい。
- 利得型…自分が損をするとか、自分の得にならない場合は相手を徹底的に攻撃するタイプ。自分の主張の正当性や根拠の有無はお構いなし。
- 自己愛型…自分が他人より優れているということを常に誇示せずにはいられない承認欲求や自己顕示欲が強いタイプ。自分の正しさを前面に押し出さないと気が済まないし、「自分の方が上」とほのめかさずにはいられない。
- 羨望型…他人の幸福が我慢できない怒りを持つタイプ。自分より幸福そうに”見える”人をおとしめるようなことを言う。あることないことを噂を流したり陰口をいったりする。
- 否認型…自分のミスや間違いを認めず、自己正当化するために他人を厳しく攻めるタイプ。根底にあるのは自己保身であり、自分が責められたくないからこそ、他人を責める。
- 置き換え型…自分より強い立場の人間から攻撃されて心の中に抱え込んだ欲求不満や怒りのはけ口を弱い立場の人間に求めるタイプ。小売店や飲食の店員、駅員など言い返せない立場の人間に攻撃の矛先を向けるのはこのタイプ。インターネット上で誹謗中傷を好むのもこのタイプ。
他人から理由もわからない怒りをぶつけられる場合はどれも当てはまりそうである。
何が言いたいかと言うと、相手が怒る時は、損害を与えた時は別として、相手の意識の問題で物事の解釈、あるいは保身のために怒りをぶつけてくる、ということである。相手の心がわからない以上、それを恐れていても、備えても、外れる、ということである。心配事は9割起こらない、というのは杞憂でもあるが、人と時と場合によって変わる心情は他人にはわからない、とも解釈できる。
他人ばかりを責めていてもどうかと思うので、自分についても内省してみる。
私は昔は2や4の理由で怒っているのかと思っていたが、どうやら1の「自分が損をすること」に対しての怒りが強くなってきていると思っている。そしてその「損をすること」の範囲が広まっていると感じる。
だから、本当に自分に損=被害が発生しているか、またその理由がきちんと説明できるか=正当性や根拠があるか、怒り、傷つける前に内省したいと思っている。