4月は忙しかった。SNSを見る暇なんてほとんどなかった。
そこで気づいたこと。
「タイムラインで流れてくるような情報をSNSを見る時間は、人生において必要なくない?」
ということだった。
SNSという言葉だと、知り合いとのコミュニケーションツールに使っている人もいるし、調べものをしている人もいるから言語としての定義が大きくなってしまうので、話がとっ散らかってしまう。
以下のSNSはタイムラインで流れている情報のことを指していると思ってほしい。
もうひとつ気づいた。
「ワイドショー、情報番組なんて見る必要なくない?」
天気予報、災害情報だけでよい。正直言って、イラン情勢を知っても、トランプ大統領が何を考えているか他人が推測しているのを聞いても何ら自分の人生に影響しない。
そりゃ、油が入ってこないのは、油製品がなくなったら大変だ。だが、それを心配してどうする?自分に何ができる?
仕事なら調達先を探すしかない。仕事で油関係の仕事をしている人には重要な情勢だが、ただその情報をテレビのワイドショーや情報番組をみたところで、したり顔や正義を振りかざしたコメンテーターの話を聞いても調達先は見つからない。
自分の実生活でのかかわりのある人、会社から情報を得るほうが大事。…ワイドショーで知ることではないでしょう?
え、ガソリン価格の高騰、円安、株安?それはそういう専門的な情報をネットで簡単に短時間で、自分の都合のいい、必要な時間に見ることが今できるじゃん。ワイドショーで知って判断しないでしょう?
うん、自分の人生において、SNSとワイドショーはただの暇つぶしで、暇でなかったらいらないものだな。
どこかのワイドショーで、学者が、小学生の行方不明と殺害の事件について、「容疑者が自白していた以上、このことを報じる必要はある?犯行動機とか、遺体の動きとかを推理する必要がある?」と聞いていた。
小学生が行方不明になっているとだけわかっていた時は、子どもの命にかかわる情報が必要だから報じる意味もわかるし、近くに住む人にとっては事件、事故に巻き込まれないよう知っておきたい情報かもしれない。だが、容疑者が自白した時点で、もう他人は知る必要性はほぼない。コメンテーターや、元警察官が、推理する必要はない。ましてや、被害者の家族構成や家族の普段のことなど流す必要などない。
あと、LINEのトーク自体は必要でも、LINEのニュース自体は不要だな、と思った。ニュースでなくて、芸人の〇〇〇は面白くない、で話題を広げている。ただの悪口じゃん。ただ、暇な人には、悪口のほうが盛り上がることを知っていて、わざといったんだろうし、わざとニュースにしているんだろうなとは思う。
ちょっと前に、意味があろうがなかろうがどうでもいいと書いたばかりだから、意味を問うことはしないし、必要ないからやめろ、とはいわない。ただ一言。
私は見ない。時間つぶしに時ぐらいに見る。