巧遅は拙速に如かず。急いては事を仕損じる。

仕事とメンタル不調に関する思考バイアスに自分で気づくための日記帳

「どうでもいい」という考え方について

「どうでもいい」

こう思うことが、現時点の私なりの日常での、怒りや不安やストレスへの対処法である。

特に不安について、色々な本を読んだ。対処法としては

  • あれこれ考えない、詮索しない
  • 自分で解決できる問題、解決できない問題を整理する
  • 文字に書いて、自分の悩みを整理する
  • 考えるよりも、行動する
  • 誰かに話を聞いてもらう、相談する
  • 調べて、対処法を見つける(他人の力を借りる)
  • 「心配事の9割は起こらない」ことを理解する
  • 今に集中する
  • 他人の評価を気にしない
  • 失敗してもいいや、と思う
  • どんな結果になっても受け入れる覚悟を持つ
  • 運動をする
  • 成長する試練、チャンスととらえる

など色々な考え方があるということを調べた。確かに上記は正しい。その通り。だが、心が落ち着かない。思考を変えようとすればするほど、頭の中で思考が駆け巡る。思考を抑えることができない。

そう思っていた際に出会った言葉が最初に書いた「どうでもいい」である。

具体的には

  • 他人の行動など、他人がどう思おうともどうでもいい
  • 過去のことなど、将来のことなど、どうでもいい
  • 健康だろうと、不健康だろうと、どうでもいい
  • 仕事など、どうでもいい
  • 周りがどう評価しようとも、どうでもいい
  • 失敗しようが成功しようが、どうでもいい
  • 問題が解決できなくても、どうでもいい
  • お金など、どうでもいい

この考えが今の私のなかでは腑に落ちた。だからこそ、日常生活の中で多分数日後には忘れるであろうから、書き残しておきたい。

「どうでもいい」といったが、それは全部投げ出すわけではない。「執着しない」ということである。〇〇したいと思うことは大事。だがそのために周りを自分の思い通りにしようとしない、ということである。

「どうでもいい」とは「あるがまま」ともいう。今、この瞬間に集中して、周りを気にせずに生きる。起こった事実をそのまま受け入れる。想定外のことが起こっても、やろうとすることが思い通りにいかなくても「どうでもいい」と思うことで、想定外のことにも柔軟に対応でき、冷静に対処できる。

自分のことだけに集中する、ということではない。不安とかストレスが発生する理由のひとつに、何事も「自分事」に置き換えて考えてしまうところがある。他人のことを刃部事に置き換えないように、「どうでもいい」と考える、という面もある。自分の感情もコントロールできないのに、他人の感情などもっとコントロールできない。勿論、困っている他人を無視する、という意味ではない。他人に認められたい、評価されたい、逆に嫌われたくない、低評価されたくない、と思わないことである。

腹が立っても、不安になっても、その感情も受け入れる。つまり、自分の思考も感情もコントールしようとしない。そもそも感情も思考も事実ベースで正しい、前向きなものにはならない。感情も思考も生命維持優先のリスク回避を優先する。成功した出来事こよりも、今後の危険性をはらむ失敗した出来事を覚えている。コントロールすることがおこがましい。自分はいつ何時も冷静に対処すべき、怒ってはいけないと決めないことである。どういう感情がおころうとも「どうでもいい」

「あきらめる」「やけくそになる」「我慢する」「結果を甘んじて受け入れる」という意味ではない。

「他人や世の中や自然環境や物を自分の思い通りにコントロールしようとする」という風に思わない、ということである。「今日中に〇〇と△△を順番にしたい」と思うから、それを妨害する他人や、想定外の出来事や、天候や、体調不良や、睡眠不足にイライラするのである。

他人や想定外の出来事や天候や体調をどうにかしようとするのではなく、その前提にある「私は〇〇したい」という意志を優先しすぎない、つまりは「執着」をやめるほうがイライラしないのだと思う。

「やりたいこと」ができなったとしても「どうでもいい」のである。今やることをやれるだけやるだけ。そして結果も「どうでもいい」のである。

ちなみに、今日寝違えたのか右肩が痛い。テンキーを打つのも遅い。それで文字が早く打てない、打ち間違いが多い。だがそれも「どうでもいい」し、「あるがまま」なのである。