巧遅は拙速に如かず。急いては事を仕損じる。

仕事とメンタル不調に関する思考バイアスに自分で気づくための日記帳

仕事のストレスは、周りから放置されることでも発生する。

11月は投稿数が少ない。まあ、理由は多忙だったのと、106万円、103万円の壁の記事に時間をかなり取られていたからだ。まあ、調べる→アウトプットする、という行為は単に人の書いたものを読むだけではなくて、いい勉強になりますねえ。

さて、今日の話題は仕事上のストレスについて。

このブログでの記事で、仕事上の不平不満、というかストレスについて書いてきた。今の会社の仕事は土日祝休みだし、残業はほぼないし、過酷なノルマもないし、上司からのパワハラもほぼない。人間関係も、いじめのようなものはないので、相性が悪いという関係は勿論あるが、あわない人間とはお互い距離をとって揉めないようにする職場文化が根付いているようで、表面上はほぼ良好。

そんな職場なのだが、最近、ある程度の規模の会社なら実施されている「ストレスチェック」の成績が非常によくない。かなりの人がストレスをためていて、医師の面談を薦められるレベルだそうだ。

よって、労働者で残るのは、ストレスを感じない一部の人か、上記に書いた休みの多さなどを重視して”あえて”残る人で、優秀な人は、給料が下がって残業が増えても転職していく傾向にある。

その原因というのは所謂「ストレス」。ストレスチェックなんだから、当たり前だろう、というツッコミはあろうが、ストレスとは何かを今一度整理したい。

まず、ストレスというそれ自体は、絶対の悪ではない。ストレスに長期間晒されるが悪なのだ。長期間続くことで心身のバランスを崩す。それが良くない。

過去記事で書いた、夏の賞与を貰って退職した人の欠員補充として入社したAと話す機会があった。

前職は高収入ではあったが、それと引き換えに激務だったとのこと。

そこから転職したらうちのような職場は、肉体的、精神的に楽で、ホワイト案件だと思っていたが、話してみたところ、本人から「キツくて自分にあわない」と転職を後悔していると聞いて驚いた。

さて、世の中でストレスのある職場と言うと、以下のケースがあげられよう。

  • 長時間労働
  • 休日返上
  • 過酷なノルマ
  • 過度な仕事量
  • 酷い人間関係
  • 責任に見合わない低賃金
  • ハラスメント(パワー、セクシュアル、カスタマー)が多さ
  • 不安定な雇用
  • 自分にはあわない仕事

まあ、どこにも全く当てはまらないという仕事はまずなかろう。耐性についても個人差がある。

だがストレスが退職レベル、心身の健康を害すレベルで、該当する人が毎年多数発生するような会社は個人の問題ではなく、組織として何かがおかしい。その原因を探り、直さないといけない。

今の職場も、上記のストレスが全くない、とはいわない。

カスタマーハラスメントは結構高めだろう。

仕事内容に適正と専門性が求められるため、自分に合わない、という人もいるだろう。

だが、他の業種に比べてどうか?と問われたとしたら、ストレス要因は多いが、ブラック企業とまではいえないと私は思う。

では、自社の場合、どんなストレスが問題なのか?答えはもちろん、ストレスチェックに答えがある。つまり、

  • 上司や同僚に相談できない
  • 自分の裁量で仕事ができない

この2つが精神的にキツイのだと思う。Aがキツイといった理由は上記の2つが理由だったのだ。

さて、わが社はもともと、相談できない、そして自分の裁量で仕事ができない職場ではなかったそうだ。しかし、ここ数年で状況が変わったせいでそうなったのだ。

理由は、働き方改革が発端である。

まず、残業を極力させない方針になった。

長時間労働が減ること自体は良い。だが、もともとの仕事量自体が減っているわけではない。人員も増えていない。結果、1人の1時間あたりの仕事量は増える結果となる。

となると、業務時間のうち、何かを減らさないといけない。

そう、その減った時間が「上司や同僚と相談する時間」であり、減ったことが「上司が部下に指示し、業務内容や個人の仕事の方針について部下と話をすること」である。話し合う時間という、数字に表れない時間を削るしかなくなった、というわけである。

仕事自体がチームプレイでする仕事である。それなのに相談する時間を削った。結果、上司から、会社として、組織として何を優先するか、どうしたいか、どうすべきか、方針を示す時間が削られた。

わが社は何を最優先にしているのか見えない。個人が放置されている形。しかし、人事考課はされている。何で評価されているか、その基準が示される時間が削られたので、何で評価されているのかわからない。

またそ指示や指導がパワハラ扱いになりかねないという理由で殆ど指示、指導しない。しかし、成績=結果を無視しているわけではない。

指針を示さず、指示もせず、指導もせずに、どうして個人が結果が残せるのか?

結果、人が孤立する。そして、個人個人がストレスをためているのだ。

正直個人的には「働き方改革」の弊害、と言いたくない。だが、なにかこの人との協議や指示という時間や行為を削ってしまう、というのは明らかに組織として問題がある。

放置プレイの組織に転職したところで、その組織で何をすることを期待されているのかがわからない。結果もでない。その結果が悪いという事実は残るが、それについて何もいわれない。ただ人事考課がさがるだけ。どうすればいいかわからない。

勿論パワハラ長時間労働を肯定しているわけではない。

だが、その指導すること、指導する時間を削ってしまうのは、別の「ストレス」というのを発生させているわけだ。

また「ストレスチェック」には、仕事において自分が決める裁量があるか、という項目がある。

仕事が楽しいかどうか、仕事にやりがいを持てるかどうかは、裁量の大きさが影響する

だが自社の場合、東京本社の指示待ちの組織になっている。東京本社が何を考えているかが伝わらない。となると、何を自分がするのか、どんな裁量があるのかが、まったくわからない。

自分の仕事に対する裁量がわからないこともストレスの原因となる。お客との間で今話をしているのは自分だが自分にはその話し合いで決定する権限がない。極論すれば、何を話していいかわからない。

仕方がないので、腹を括って、自分で決める。するとお客との交渉後になって、上から反対される。聞くこともできないし、どうするか指示もしてこないが、結果だけについてはコミットする。

「お前は、結果だけを見て批判する、報道番組やワイドショーのコメンテーターか?」と文句もいいたくなるが、上もまた東京本社の意向に逆らえないので上を責めても解決しない。また決める裁量がある分野でも、下手にいうと「パワハラ」「長時間労働」につながるので、接触しない。

つまりは放置。

放置するだけならいい。「よきにはからえ」ならいい。「最終評価」の基準を示してもらえるならばいい。勝手にやるから。

普段の言動も目標も放置するけど、事前に評価基準は明示しないけど、結果の評価だけはする。これが精神的にキツイ。方向性や裁量がわからないままに自分なりに行動した結果、低評価だけを突き付けらたら、人はどうなるか?

心が折れる

よって、ストレスが高くなり、心身の不調を招き、ここにいるよりは、と転職していくわけだと、自己分析している。