巧遅は拙速に如かず

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とある県知事の選挙の話

先週、兵庫県の県知事選挙が行われた。

公益通報に関する疑義、パワハラ疑惑、百条委員会の開催などを経て、兵庫県議会が全会一致で知事の不信任を決議した。そして知事は失職。そして失職後の選挙に立候補した。

その結果、失職した知事が再選を果たした。

さて、この選挙。正直言って、予想外の結果になり、驚きを禁じ得ない結果となった。

そして今なお、その結果をめぐって議論されている。今回はこれについての所感を書きたい。尚、興味のない人用に一旦区切る。

 

前置き

1週間たった今でさえ、インターネットでは、広報をしていたと主張していた会社への疑惑が広がっていて、話題に事欠かない状態である。この広報をしていた会社への疑惑はこの記事作成時点では詳細がわからないので、この記事では触れないでおく。

選挙結果に至るまでの経緯

さて、この選挙結果について。1週間前の調査では、この失職した知事の激しい追い上げがあると報道されていた。だが、蓋を開けてみたら、投票を締め切った20時での当選確実。

私は兵庫県有権者でないし、近畿地方に住んでもいないので、ローカルニュースでどのように報道されていたのか、またこの知事の失職前の評価や功績について把握していない。

ただ、公益通報制度を揺るがす行為を行っていたのではないかということ、訴え出た県職員が自死したこと、副知事をはじめ多くの幹部が退任したり、降格したこと、県政が苦情により滞っていること、そしてこの知事が最初に立候補した際に推薦などをした自民党日本維新の会が今回は応援しなかったこと、複数の候補者が対立候補として乱立したが、対抗馬としては兵庫県のとある市の前市長1人の支持が高かったことから、この知事の再選は無理かと思っていた。

だが、結果は再選である。正直、目を、耳を疑った。なぜ兵庫県有権者はそれだけの疑惑のある知事へ再度投票したのか?理解に苦しんだ。

時間が経つにつれ、投票の詳細がわかってくる。SNSでの選挙活動が功を奏し、若者への支持を広げているとはいわれていたが、10代、20代だけでなく、60代ぐらいまでは過半数の支持を固めていたこと、失職前の前知事の県政に対し7割ぐらいの有権者が評価していたこと、そして前知事への投票”数”が前回より多かったことなどがわかってきた。

若者だけの支持ではない。多数の兵庫県有権者が、前回以上に投票という行為で、前知事の復帰を願い再び県政を担うことを支持した、ということだ。

私は当初この結果に怒りを覚えた。その理由はというと、兵庫県民は、自死まで選んだ職員を犬死させ、今後さらなる犠牲を生むかもしれないという義憤、公益通報パワハラへの訴えが誹謗中傷という言葉に置き換えられて、パワハラを訴えた被害者が、今後、権力者により誹謗中傷した犯罪者に置き換えられてしまう社会になってしまうのではないか?という危惧からである。

しかし暫くして、我に返る。

県職員が訴え出た内容はどんな内容で、どこまでが本当で、本当な場合どれがどんな罪に問われる行為なのか?自死した理由は知事だけが原因なのか?そしてこの知事は、試食前も隠れることなくほぼ毎日、マスコミの前で記者会見に応じ、淡々と話し、感情を荒げることもなく、臆することもなく、挑発に乗ることもない。これまでマスコミに責任を追及された政治家は雲隠れするか、辞任するか、または無実を訴えて強く反論するか、そのどれかだった。だがこの知事はどれだけ責められても淡々と応じている。しかし、持論は決して曲げない。彼は怖くないのか?怒らないのか?一体何者なのか?どんな人なのか掴めない。

繰り返すが私は兵庫県民でもなければ、近畿地方の住民でもない。直接、演説などで話を聞いたこともない。いったい何が起きているのか直接知りようがない。知事が職場でどんなことをしているのか何も知らない。

公益通報パワハラへの対応も当然重要である。だが、この知事が悪事を働いたという明確な証拠を私は知らない。有罪だ、無罪だと判断できる材料がない。

そもそもこの知事に、公益通報への対処に問題があっても、知事を失職させるほどの悪事を働いたという証拠がわからないのならば、知事の資質があるかどうかなどわからない。

だとすると他の立候補者との比較となる。私は他の立候補者がどんな方なのか存じ上げない。有権者が比較検討した結果、現職が選ばれた、ということだろうと理解した。

怒りは収まった。そして冷静になり、以下の結論にたどり着いた。

兵庫県のトップを誰に任せるかは、兵庫県に住む有権者が決めることである。それが民主主義である。

自分がテレビやSNSで見た断片的な情報だけで、正しさを主張するのは思い上がりである。それに例え自分が真実を知っていたとしても、県政にとって、県民にとって、誰が知事にふさわしいかもわからない。将来のことなど誰にもわからないのだから。

ネットの影響力について

この結果を受けて、ネットやSNSの勝利という表現がされているが、私はそれは極論すぎだ、とは思う。ネットが真実だと妄信しているのではないかという危惧、それもそう思う人もいるだろうが、私は兵庫県有権者の皆がそこまで馬鹿ではない、ネットの知事派の意見だけを鵜呑みにしているとは思っていない。どこかでヒトラーナチスを支持したかつてのドイツ民になぞらえていた投稿も見たが、それは兵庫県民に対して失礼であり、冒涜だろう。*1

ただ、ネットには、SNSにはこの知事への賛否を含め、正しいかどうかはわからないが”情報”があふれかえっていた。

選挙期間中に、SNSで立候補者に関する”情報”を得る、という新たな流れが確立されたことは確かだ。

SNSやネットは嘘や真偽不明な情報が流れている。それは確かだが、テレビでもSNSと同様に真偽不明な情報、誰かを悪人と決めつけた極端な意見、みんなでよってたかって袋叩きにする放送が当たり前で、選挙結果はそのテレビの煽動にそった流れに沿うかのような結果になる場合が多かったが、それが当たり前ではなくなった。

私はネットで真実ではなく、テレビでキャスターやコメンテーターが話していることは真実なのか?という疑いの始まりだと思っている。

SNSでの”口コミ”が選挙に影響する時代の到来か?

SNSでの活動が選挙結果に大きな影響を与える、というのは2024年に当たり前となってきた。公示前の事前予想とは異なる結果になりえる。

具体的に列挙する。

東京都補選では、知名度が高く、著名人の応援や、小池都知事、国民民主党の応援もあった乙武氏が票を伸ばさなかった。立候補者の不倫問題などで判断した、他の候補者の方が強かったという面もあるが、無党派層であろうとも、知名度があれば、知名度のある人が応援すれば、当選するわけではなくなった。

東京都知事選では、東京に選挙の地盤のない広島県安芸高田市の前市長が2位まで躍進した。立憲民主党元代表であり、参議院の東京都で当選を重ねてきた蓮舫氏よりも多くの得票数を獲得した。

自民党の総裁選では、公示前には、党員、国会議員ともに人気の高い小泉氏の勝利かと思われていたが、環境大臣時代や総裁選の答弁から党首、そして総理大臣としての資質を疑問視され、結果、高市氏が党員票で1位を獲得した。

衆議院選挙では、年収103万円の壁を引き上げる、若者の手取りを増やす、公約を掲げた国民民主党が選挙前の1桁の議席数から大幅に議席を増やした。選挙結果で、自民党公明党の政権与党が過半数を獲得できず、国民民主党がキャスティングボードを握ることになった。

この選挙結果に共通するのは、SNSでの選挙活動で、選挙期間中に大幅に支持を広げていった点だ。そして公示直前の下馬評を大きく変える結果となった。

これだけ選挙期間中に支持が広がるとなると、もはやSNSでの選挙活動が当否を左右するほどの影響力を持ってきたといわざるをえないだろう。

上記の結果は、公約としての共通事項はほとんどないと思われる。立憲民主党がすべて勝ったわけではない。国民民主党がすべて勝ったわけではない。例えば、保守的な考えだとか、特定の政党が躍進している、というわけでないし、政策にも明確に共通点があるとはいえない。あるとすれば、既得権益をもつ層”への怒りと不信だろう。そして、その既得権益を持つ人には、マスメディアと、テレビで話している人も含まれる。

SNSで活動すれば当選するというわけではない。SNSでの評判、口コミが左右するといった方がいいだろう。

その理由は今やほとんどの候補者がSNSで活動をしているからだ。また、河野太郎氏のように以前からSNSでの発信に積極的に取り組み、発信力と国民の人気がある政治家が、逆にマイナ保険証での対応などで批判の矛先となり、支持を急速に落としている点も見逃せない。また、前の現職の法務大臣SNSでの投稿をしていたが、その投稿が逆に支持を減らしたかのように、落選する事態にもなっている。先に名を出した小泉氏は選挙期間中、弁当を食べているところばかりを流していた。日本各地の弁当を紹介されても旅番組じゃあるまいし…単にSNSに投稿すればいいというわけではない。

候補者が行うSNS活動だけではない。SNSの場で繰り広げられる支持者や不支持者の意見が、投票活動にかなりの影響力をもたらしているわけだ。

テレビという既存メディア等に対する不信もあるのでは?

また、既存もマスコミの下馬評もかなりあてにならなくなってきている。今テレビや新聞は兵庫県知事の結果をうけて、SNSでの危うさを指摘し、SNSへの規制を模索し、テレビは選挙期間中の公平性と正確性を担保するために逆に報道できないという言い訳をしている。

だが、これはかえって逆効果だ。公平性というのならば、多くの時間をあてて報道すればいいだけの話だ。選挙期間中は放送法で選挙のことは放送できないという法律上の問題があるというのならば、選挙前の報道はどうだろうか?信頼に値する公平性と真実を報道しているといえるのか?

日本のテレビというマスメディアは自身の報道や放送の在り方について、選挙期間中だけではなく、普段の行いから自戒してほしい。

はっきりいってしまおう。テレビというマスメディアは今やその信頼性が地に落ちている。若者だけでなく、現状維持を望む傾向にある高齢者にも信用されていないのではないか?

具体例を挙げよう。

ジャニー喜多川氏の性加害については沈黙した。

松本人志氏の性加害問題も、事実かどうかを自ら検証することもなく、検証結果を伝える様子もなく、復帰を模索する。

人気があれば、視聴率を稼げれば、性加害があったかどうかは二の次、というその姿勢が視聴者にはわかっている。真実がわかるまで推定無罪という判断からではないだろう。調べる気がないか、調べても報道する気がないか、見て見ぬふりかのどれかだ。

そして結果としてその姿勢が未成年の被害者の訴えを黙殺し、被害者を多数発生させたことは事実だ。そんなマスメディアがどの口で、ネットの嘘情報を非難できるのか?その厚顔無恥さに呆れている。

ネットがウソが多いというのならば、かつて犯罪者として報道し、裁判の結果無罪になったかつての被告人に対して謝罪したか?犯罪がおこるとまだ被告人の段階で犯罪者扱いしていないか?逆に、ジャニーズ事務所所属のタレントには、外国メディアが報道するまで、ワイドショーでは一切批判しない、取り上げないなどの忖度していたのは周知の事実であろう。

報道番組にもその中身を確認してほしい。起用しているコメンテーターは十分な知識と情報をもって真実を述べているか?その意見は証拠をもって話をしているか?お笑い芸人やアイドルや自称学者や自称ジャーナリスト、専門外の人間による出演前に知り得た情報をもとに浅い知識で、偏った意見を視聴者に垂れ流していないか?

自分の支持する政策を訴える政党の議席が増えないことで、日本の有権者を「劣等民族」という発言をした自称ジャーナリストがいたが、あの発言がマスメディアやジャーナリストのおごりを象徴している。民衆は自分たちが選ぶ政治家、政党を支持すべきだと思いあがっていないか?

権力をもつ人間に対して立ち向かえているか?お仲間の芸能人や同業者には甘い対応をしていないか?弱い、嫌いな、叩ける人間だけ叩いていないか?弱い人間を叩くのならば、SNSや匿名掲示板で叩いている人間と何が違う?匿名か芸名かだけの違いか?報道番組なのに選挙期間中も大谷選手*2と配偶者と愛犬を何度も何度も長時間追いかけていなかったか?

公平性?放送法?片腹痛い。笑わせてくれる。ネット、SNSでの極端な意見や誹謗中傷にも反吐がでるが、既存のマスコミも同じ穴の狢。マスゴミにネットを批判する資格はとうにない。真実性にどちらも疑いがあるならば、有権者が情報量の多いSNSを活用するようになってきたのも当然の帰結だ。

テレビは、SNSの問題点と規制を訴える前に、それ以前から視聴者の信頼を損ねてきたその姿勢を自省してほしい。

政治家であろうと、マスコミであろうと、学者であろうと、インフルエンサーであろうと、知人であろうと、匿名であろうと、鵜呑みにせずに自分で調べることが大切である。

*1:余談だがドイツだけの話ではない。日本でも真珠湾を奇襲し太平洋戦争に突入した際は、新聞も学者も著名な作家も庶民も、よくやったと戦争賛成が多数であったことは記録として残っている。軍人もマスコミも知識人も庶民も選択を間違える。

*2:勿論大谷選手の活躍を報道すること、敬意を表することに意義を申し立てているわけではない。彼は毎年のように偉業をなしとげており、その活躍を報道すること自体を悪いと言っているわけではない。ただ、自宅をうつしたり、半袖で練習したりする風景をうつしたり、選挙期間中に、スポーツ番組・コーナーではない報道番組で一挙手一投足を追いかける姿勢には疑問を禁じ得ない。その放送時間があれば、放送の公平性に配慮して複数の候補の意見や論戦を放送する時間は十分あるわけで、その時間を放送局が自ら割いて大谷選手の動向を放送している以上は、放送法や公平性を言い訳にするな、と言いたいわけである。