けーせらーせらー

仕事、メンタル、労働法、転職、書評に関するエトセトラ

メンタル不調者がでないように会社側ができることは

私は仕事の影響で重度のメンタル疾患になった経験がある。回復後は、再発しないために、もしくは再発しても重症化しないために、知識を増やしてきた。また、どういった時に自分の心にダメージがあるか記録している。つまり、個人としてどうすればいいかという対処法は調べてきたつもりだ。

一方で、会社側の人間として、メンタル疾患に労働者をさせないためには何をすればいいか、という点についてはあまり考えたことがなかった。会社側という視点にたてば、個人差がある、個人の対処次第という労働者個人の対応に任せた結論では片付けてはいけない。どんな人でもメンタル疾患にかかる可能性があるという前提にたった対応策が必要だ。

例えば面接で「メンタル疾患の経験者として、人事職として会社側はメンタル不調者がでないためにはどうしたらよいと考えますか?」という質問をされたとしよう。その場合どう答えるか?

そこで、今回の記事は、タイトルどおり「メンタル不調者がでないように会社側ができることは何か?」にういて思いついたことを以下列挙してみることにした。

 

尚、会社が以下のことを全て実行するべきとまでは私個人としては思っていない。営利企業は労働者の生産性を上げて、一人ひとりが利益をだすこと、または組織存続のためにでkりうことをしないといけない。かばってばかりで、果たしてそれができるのか?という疑問もあるからである。だが、ここでは利益を上げるという視点は一旦無視して、あくまでメンタル疾患を防ぐ為、という理由での対策を書き連ねてみることとする。

過度の長時間労働を抑制する(休日を与え休養を取らせる)

これは鉄板であろう。「働き方改革」のメインは長時間労働の抑制である。「働き方改革」が実行された最大の要因は、一人の若者の自死であった。長時間労働の末、睡眠時間も満足にとれない労働は、メンタル不調を引き起こし、最悪の事態を招いた。その反省の上にたったうえでの「働き方改革」なのだから、休息もとれない長時間労働をやめることはもっとも実行すべき対策である。もともと法定労働時間を超えて労働することは労働基準法違反。それが違法にならない方法として労使の合意による36協定というのがある。また、厚生労働省の通達として月何時間までにこの残業時間を抑えるべきという目安があった。しかし、特別条項があり、それをもってすれば何時間でも労働させても違法にならなくなっていた。これに法令で明確に上限をつける。それが「働き方改革」である。

尚、最近では「働き方改革」により、運送業、医師、建設業の人手不足が深刻化しているというニュースが報じられている。聞き方によっては、その業界はさも「働き方改革」によって弊害がもたらされているかのように思えるが、これらの業界と企業は、他の業界よりも準備期間が必要として、4年以上も実行を猶予されていたことを忘れてはならない。その間に企業側に打つ手はあったであろうし、企業によっては対応を整備しているところもあるだろう。「働き方改革」のせいにしているのは筋違いだ。

仮に長時間労働なしでは事業が成り立たないのならば、それが企業努力では補えず業界全体の問題ならば、業界や政治がこの猶予期間の間に対策を打っておかないといけなかった。猶予期間のうちに対処できなかったということは、法律で禁止されないと長時間労働はいつまでたっても抑制できなかったことがわかる証拠でもある。

万博のために、この規制を外せといっている人間がいたらしい。それも首長とかがである。こんな意見をいう首長を選挙で選んでいるのだから、民衆の間でも長時間労働の抑制は共通認識はではないのであろう。非常に残念である。

尚、私個人の考えは、長時間労働は絶対ダメ、という考えではない。むしろ、休日、休養をしっかりとれる環境の方が重要。心身ともに休めて疲労を溜めないことが重要。労働時間のほうに気を取られすぎても休日も仕事のことが気になって仕方がないとか、休日に会社のや地域のイベントに参加させるとかで休まれない環境が良くない。

また有給休暇取得も重要。「働き方改革」で有給休暇の取得の義務化されたのだが、わざわざ法律で義務化しないといけないぐらい取れなかったほうがおかしい。

仕事量も労働時間の減少にあわせて減らす

労働時間が伸びるのはそもそもは法定、所定労働時間内に仕事が片付かないから。だから、単に労働時間を抑制したとしても、仕事量を減らさなければ、仕事の内容を見直さなければ、破綻するのは小学生でもわかる。DX化すればすべて解決するわけではない。AIがすべて解決してくれるわけではない。(労働時間時間のn短縮化に繋がるできれば価値がある。)自宅に持ち帰るのは本末転倒だ。

仕事の”量”にこだわる経営者、成功者がいる。たしかに”量”をこなさなければ、スキルも経験も得られないだろう。だが過度な労働時間を強制しないとできない量では意味がない。

パワーハラスメント対策

これは定着してきた感があるが、一部首長がパワハラで辞任しているたびに、実際パワハラをしている人間にはその認識がないのだな、ということに気づかされる。

判例労働基準監督署への労災の訴えの資料を見ればわかるが、うつ病を発症した時の原因は、上記の長時間労働か、パワハラ、そして過酷なノルマが原因として訴えられることが多い。

パワハラに認定されるかどうかというの線引きはいまだ難しく、特に上司の立場になったばかりの人が過剰に反応し、適切な指導や指示が行われていないケースも良く聞く。

一方で部下が何人もメンタル疾患に陥っている特定の上司がいる。メンタル疾患や退職者が多い部署がいる。これは特定の先輩による原因の可能性が高い。

パワハラ対策は上司全体というより、そういう特定の人間への対策を検討する必要性を感じる。

カスタマーハラスメント対策

つい最近、某町役場の職員が一日中町民の脅迫電話を受け続けて、うつ病を発症し退職に追い込まれたケースが報道されていた。このケースは現時点の警察の対応は書類送検どまりのようだ。

これをみるに、次はカスタマーハラスメント対策が急がれる。上記は町民だが、お客への対応でメンタル不調に陥り、退職を余儀なくされたケースは多く報道される。カスハラは放置しておけば、労働者は仕事を失いかねない。

もう既に動き始めている企業がある。

これまでは、上司や同僚からのフォロー、という対応もあっただろうが、そもそも一部の人間に会社の責任を負わせること自体が間違っている。私が若い頃は、客に右のほほを殴られたら、左のほほを差し出せ、とイエスキリストのような聖人レベルの要求をする経営者もいた。上司が暴力をふるうのはご法度になって久しいが、お客の暴力は許容すべきという意識の経営者もまだいるのではないか。

ひとつのミス、非があったとしても一部のお客の過度な追い込みは社会問題である。経済的損失を与えたのならば、経済的な補償で解決すればよい。故意重過失による人命を失う事態があった時はそれに見合う対応が必要ではあろうが、そもそも”説明責任”として、記者会見を開く必要性、つまり、マスメディアを通して社会全体で制裁を加える必要性はない。

そもそも、経済的な損失、命や怪我の問題、感情的な問題を一緒くたにすると事の本質を見失う。

感情的なシコリは、過度な対応をする必要はない。謝り続ける必要もない。誠意も必要ない。

経営者や労働者が過度のストレスに耐えた場合の、ストレス発散の矛先は別の企業の経営者や労働者に向かう。暴力の連鎖だ。

これも企業だけではなく、政治や社会全体で問題をとらえるべきだ。

尚、厚生労働省もカスタマーハラスメントについては問題意識をもっているようで、どんな層が加害者になるか公表していた。しかし、その層がシニア層が多いという事実をもって、シニア層の差別ではないか、という反論があった結果、すぐに謝罪し、その公表結果を取りやめた。

これがまさに「カスタマーハラスメント」を如実に表している。一部の人が傷つけられたとして訴えれば、すぐに謝罪する。訴えた人は自分を悪だとは思っていない。単なる統計結果の公表を自分が傷つけられたと解釈する。要するに、カスハラの加害者は、自分は差別される被害者だと思って訴えているわけであって、被害者が加害者に対し訴えを起こすということは正当な権利であれど、それが加害者として扱われた人から見れば「カスタマーハラスメント」になるということだ。

カスハラの対応はまだ始まったばかりだ。

過酷なノルマ

上記の裁判例でもあったが、過度のノルマはメンタル疾患に追い込む。この”過酷”の判断が難しい。最初にも書いたが、売上をあげずに、数字目標を達成せずに組織は維持できないからだ。

だが、これは経営者の裁量にかかっている。日頃の労働者を状況を如何に見ているか。数字だけで判断していないか。上司はその上司を見ているので行きつく先は経営者なのだ。

数字で判断するのは公平でもあるが、数字だけで判断しようとするのは、今の経営者としては不十分だ。数字で判断するのならば、自社のメンタル疾患不調者や、休職者、退職者の”数字”も考慮すべきであろう。

あとマスコミはこの数字だけをみて、経営者を成功者、人格者と扱うのは辞めたほうがいい。利益をあげるのが会社の存続に必要であり、利益を上げることで株主や税金は増える。だが、労働者の状況も見ないと意味がない。

よく経営者として一代で急成長させ成功者として取り上げられるのに、その会社の求職者の人気はさっぱりな会社は、この労働者を使い捨ての駒のように使っているのが口コミで知られているからだ。

労働者を使い捨てる企業をブラック企業という。厚生労働省ブラック企業の定義はあくまえ労働基準法違反であり、それは労働者を使い捨てると同義ではない。ブラック企業は何も一部の話題にあがった知名度のある会社だけではない。

個人の任務は明確に、そして共有すること

私が過去に仕事でメンタル不調になった人の話を聞くとこういう話が返ってくる。

「私の任務が何なのか、どれを優先にすればいいのか分からなくなった。」

「上司や会社の考えていることがわからなかった。話が二転三転してどうすればわからなくなった。」

一方上司もこういう。

「〇〇さんは何をすべきなのか理解していないのでは?」

「△△さんは、自分の指示も聞かずに無理をしてダウンしてしまった。」

単純にいえば上司と部下のコミュニケーション不足。ただその一言で終えるのは容易い。実際、上司と部下の関係で、部下から何を目標とすべきか聞いたら、そんなの自分で状況を見て考えろと思って、具体的な話を言わない上司も多いのではないか。また部下が上司に対しそんな質問をすることはご法度と考える上司、部下もいる。

先ほど”数”だけではダメだといった。だが、目標は”数字”としてはっきりした方がいい。その数字を共有できた方がいい。状況が変化したら、変えて行けばいいが変わったことも、代わった理由も共有すべきだ。根拠がわからないことをやれといわれても人は動かないし混乱するだけだ。

その数字が過大ならば、訂正すればいい。過小ならば、あげていけばいい。目標を達成したらサボる人間がいるという反論もあるだろうが、目標さえ達成すれば、後は周りの邪魔をしないならサボったっていいではないか。

よく目指すことがわかりやすい上司の方がやりやすいと聞く。何を考えているかわからない、それぐらい察しろという人の下につくのは大変だ。気を使って過度に働いたり、逆に無駄な時間を使ったりするからだ。それが長時間労働につながる。

そして、その目標が達成できなければ、異動または転職。仕事は、本人の適性という頑張ってもできないこともある。無理して体を壊すくらいならば、仕事を変える。それができる環境が必要だ。

過度なストレス

ストレス自体は悪いことではない。ただ、ストレスがかかった状態が長く続くと心身にダメージを与える。この場合のストレスとは緊張状態が続くことだ。

なぜ緊張するのか?新しいことをするときは常に緊張する。常に新しいことをしているのは緊張状態が続くことを意味する。個人差があるが、個人差といってしまうと、今回挙げているすべてが個人差がある。長時間労働だって苦にならない人もいる。逆に労働時間を気にして仕事が途中段階で終わることで、緊張状態が翌日まで続いてしまう人もいる。

結局、本人が特に苦にならないという意味での適性、その適正のある仕事につかせる、ということになる。また、緊張状態が続くようなら、休養を取らせるというケースもあろう。定期的な人事異動も効果的だ。あと数年で異動、というのはやってみたら合わなかった仕事(担当)から外れるいい機会で、また、無能だから飛ばされたというレッテルも貼られにくい制度ともいえる。

一度退職しても再雇用する機会を与える。休職しても出世する、復帰する機会を閉ざさない

終身雇用制度自体は、雇用の安定、収入の安定に繋がり良い面もある。一方で、一旦その終身雇用先から外れると、途端に収入を失う。キャリアは継続的でなければならず、脱線は許さない。出世しなけば、上司から目の敵にされないようにしなけば、その職を失わないようにしなければという意識が、労働者の過度のストレスの抑制に繋がっている。また、昔ほどその会社で頑張れば給料があがっていく、報われるという時代は30年前に終わっているが、いまだにこの制度だけは残っている。

この終身雇用制度にメスを入れる時期に来たのだ。といっても、これは1つの会社では対応できる問題ではない。終身雇用制度の廃止は、解雇されても次にいく会社があるという転職の流動化がセットだ。それは政治の問題でもあり、社会全体の問題でもある。

となると1つの会社でできることは、一旦会社を退職しても、再度入社する機会を作ることであり、休職しても、失敗しても、再びその会社で活動できる機会がある人事制度にすることだろう。

寝る時間になったので、後日随時追記予定。