巧遅は拙速に如かず。急いては事を仕損じる。

仕事とメンタル不調に関する思考バイアスに自分で気づくための日記帳

成果なんて「どうでもいい」と思うことで、成果があがる。

さて、前回、「成果なんてどうでもいい」と書いた。

これには続きがある。

結論からいうと私は「成果なんてどうでもいいと思えた時に、成果が上がってくる」と思っている。

具体的に見てみよう。

成果をあげようとすると組織内での「働かないおじさん」や「評論家」や「総務を楽なところと思っている無知なZ世代」などの人間に出会うとイライラする。モチベーションが下がる。仕事なんてやってもやらなくても同じ、と思う。その相手に怒ったりすればパワハラ扱い。

だが、彼ら彼女らを「どうでもいい」と思えたらどうだろうか?

彼ら彼女らを無視して、自分がするべきこと、したいことに集中して仕事ができる。余計なノイズが減る。他人に足を引っ張られない。自分が損をしているとモチベーションが下がらない。他人に自分の行動を左右されないことで、仕事が捗り、成果があがる。

社内政治なんてどうでもいい、と思って自分の仕事に集中して、感情を動かさずに働いていたら、数字があがり、勝手に自己の評価があがってくる。よって成果があがる。

成果を上げなければ、と思えば自分で自分のクビを締めて、焦りが生じるタスクの同時進行が当たり前になり、質が下がり取り返しがつかないケアレスミスを犯したりする。それは他人に数字を監視されている、という評価という他人の軸に振り回されて余計な緊張が発生しているからだ。

そこで「どうでもいい」と思うと、焦りが減る。焦りが減れば、上手くタスク管理できる。結果、質があがり、ミスも減る。

要するに、「どうでもいい」というのは「他人の考えという自分ではどうしようもないことに勝手に期待し、勝手に重荷を背負い、勝手に推理し、勝手に神経をすり減らし、勝手に無駄な思考を発生させる、というのを防ぐ」ことになるからだ。

そもそも、その「成果」というのは上司の期待するものであって、意外と自分が評価されるべきだと思っている「成果」とは違う場合もある。「どうでもいい」と思って組織全体を俯瞰してみると、意外とどんな「成果」を求められているかが見えてきたりするものである。

よく「肩の力を抜こう」というが、これに近い感覚だと思う。

逆説的な考えだが、メンタル的にもこの考えは良い。心に余裕がないと「成果」は思うようにでない。余裕をもって心身ともに充実させておくほうが結果的によい場合もある。

尚、当たり前だが、どうでもいい=仕事をしない、ではない。