巧遅は拙速に如かず。急いては事を仕損じる。

仕事とメンタル不調に関する思考バイアスに自分で気づくための日記帳

強い組織とは、強い個人(トップ)がいるだけでは?

このブログの話は、基本私がその日、その時思いついたことだ。エビデンスもない、根拠のない、私のお気持ち表明でしかない。

ただ、こうやって自分の気持ちを言語化することで思考が明確化する。

そして記録に残すことで「自分がこの時はこう思ったのだな」ということを未来に振り返ることができる。

それがブログを書く理由だ。他人への啓蒙も、世直しも、他人の役にたつことも目的としていない。

そう前置きをしたうえでの妄想である。今回の妄想は、

「強い組織というのは、強いリーダーシップのある個人がいて、その個人の指揮することで初めて強い組織としてなりたっているのであって、弱い個人が集まっただけの組織は、単なる弱い個人の集合体でしかない。恐れるに足りないし、その組織に解決を委ねても、期待しても解決しない」

という内容である。

強い個人、恐れるべき個人がいるのは確かだが、強い「組織」というのものは、その強い個人がいてこそ強い「組織」であって、「組織」そのものが、永続的に強い、ということはないのではないか?ということである。

今回の強い組織の話というのは資金力がある、商品力がある、競争力がある、信用がある、法的拘束力、強制力があるという意味ではない。

例えば第三者に訴えられたときに勝てる組織である。問題が起こったときに対処できる組織のことをいっている。

私は従業員万人単位の大企業に勤めている経験もある。一方、50人にも満たないスタートアップ企業に勤めた経験もある。

スタートアップ企業、中小企業は個人の事業主だより。事業主の力量に左右される場合が多い。そして個人といっても全知全能、世の中のすべての仕事が完璧にできる人など99%いないので、その個人事業主の専門外の仕事の話になると、途端に脆弱になる。

これは誰もが想像できる話だし、大抵は当てはまる。

今回指摘したいのは、大企業も同じようなものだ、ということだ。特定の部署も、特定の個人の力量に左右されていて、その個人がいなくなって代わりとなる個人がでてなければ、途端に弱くなっていく。

この会社は凄い、この組織は手ごわい、ではない。そこにいる個人が手ごわい、凄いだけなのではないか?という疑問である。

そして強い個人が去った後の組織というのは非常に脆い。

組織としての「仕組み」を作り、個人に頼らない強い組織を作ろうとしても、大抵強い個人、強い役職者が去った後大抵は瓦解する。仕組みを作っても、かえってその仕組みを守ることに傾斜し、優柔がきかず、世の中に取り残されたり、想定外の出来事に「仕組、ルールが決まっていないから」という理由で途端に思考停止、機能停止になってしまう。

強い個人がいて、その強い個人が人事権と予算と裁量権をもっていて、影響力をもっているから、その個人がいる組織が強いだけである。

強い個人とはすなわち決断する知識と経験、それにもっとも大事な覚悟がある人をいう。覚悟のない個人が責任者になればその決断ができない。それを見透かさせると影響力は弱くなる。弱くなった組織は、途端に衰えていく。

組織は、脆いのだ。組織、といっても、個人の力量が大きいのだ。

例えば大企業の人事部に意見して、会社の人事に自分の意見を反映させようとしても、誰も反応しない場合がある。

自分がひよっこだからとかいうレベルの場合もある。だから自分が力をつけて再度訴えてみても反応しない。それで何故だ?と思うと、自分のせいではなく、単にその時にその意見に対して決断する力量のない人事部長が据わっているからだけ、という場合があるのだ。

別に人事に限ったことではない。他の部署でも同じことである。

先の記事で「事なかれ主義」という記事を書いたが、本当に「事なかれ」主義をとっている人もいれば、自分で判断する覚悟がないから、「事なかれ主義」になっている場合があるのだ。知識と経験がないともいったのは、仕事内容を理解していないから、相手の言っていることが正しいか間違っているかこともわからないないから、事なかれ主義というなの、言いなりになるか、なにも変えない現状維持になっているだけなのである。

今まで組織の中で仕事をしてきたが、強い個人がリーダーシップを発揮しているチームは強い。判断もできるし、行動もできる。チームとして一丸となって動くと、個人では太刀打ちできない。

ただ、決断できない個人がリーダーとなり、リーダーシップを発揮しないチームは弱い。仕方なくチームの個人が個人の判断で動くので、個人個人の判断も行動もバラバラだし、そうなると及び腰の組織になる。問題のある個人がでてきても、弱いリーダーは放置するので、優秀な人はその組織を見限る。そうやってどんどん弱体化する。

あの会社は強い、あの組織は強い、頼れるというのは、その組織の中できちんと判断し、行動し一丸となっているからだけである。

だから組織を恐れることもないし、頼ることもない。強い組織というのは強い個人がいるだけで、世の中の変化にも対応できる仕組みが作れる組織など数少ない。その仕組みは強い個人が運用して初めて意味がある。

と、ワイドショーで、ベテラン従業員あるいは経営者が退社・退任したことで、途端に組織が機能不全に陥り違法行為を行ってしまった、というニュースをみて思ったことである。

あと、わが社の管理職。強面の管理職が異動で去り、決断できない管理職になったとたんに瓦解している。判断できない、先延ばし、クレームには即謝罪。そうなると部下はなにもできない、なにもしない。なにもしないことでクレームの発生を防ぐからだ。

強い組織に加入すれば、勉強になり、自分も強くなる、と思っていたら大間違いで、単に強い個人が自主的に勉強しているだけであって、その組織のもつノウハウを受け身でも伝授してもらえるわけではなかったりする。

尚、だからといって「就職時には大企業ではなく中小企業、スタートアップ企業に入るか、独立開業しなさい」という意味ではない。

あと警察や暴力団なんて怖くない、ということではない。組織を舐めていいという話ではない。どんな組織でも、個人対組織では、大抵は組織のほうが強い。

組織より個人のほうが強いというわけではなく、強い組織というのは、優秀な個人が集まって一丸となっているから強いのでは?という話である。

尚、新卒の場合は大企業に入るほうがいい。強い個人、見習うべき個人、相談できる頼りがいのある個人に出会う確率が高いのはたしかだからだ。あと、順法意識が高い個人や組織が多いのもたしかだ。(全部が全部とはいわない。)

ただどこまでいっても組織というのは、ひとりひとりの人間の集合体でしかない。

大きい組織との取引なら信用できるかも?というのも幻想である。その組織が大企業病の事なかれ主義に陥っていて、何もしない、ミスを隠ぺいする可能性も十分ありうる。組織の中で得た失敗や成功のノウハウは、組織にいたら引き継がれるわけではない。個人が自主的に引き継いでいるからである。

昔言われていた「背中を見て覚えよ」というのは、今でも通用する。受け身でまっていても、仕事のノウハウも実績も信用も知識も引き継がれない。

どれだけ強い組織なのかな?と思って入社したら、強いのは個人であって、その人が去って後任がいないと途端に弱くなる組織を何度か見た。組織が強い、というよりその個人が責任と覚悟をもって仕事をしていたから、周りも強くなり、結果組織として強くなる。優秀なリーダー、マネージャー不在だと、戦力も行動もバラバラ、成果も落ち、やる気も落ち、酷い組織になる。

その時に気づく。この組織は〇〇さんという人がいたから強かったのだな、と。〇〇さんがいないとただの烏合の衆だな、と。

以上、思いついたことをだらだらと書き連ねた。書いてみてわかったが結局言いたいのは最後の赤線太字の2行で済む内容だった。