仕事をやめたいシリーズ。今日は2回目。
まずは、なぜ辞めたいのか?という自分の心理を深堀してみることにする。
当初は、転職先を見つけるために求人サイトを探して、またインターネット上の自己PR、職務経歴を現在までのものに書き直していた。
その時、ふと思ったのである。私は、なぜ今、今の仕事を辞めたいのか?というのを理解しないと次に進めないことを。
嫌な理由は感覚的にはわかる。だが言語化せず、だただ不快だからという理由だと、次の仕事の希望先は不快でない仕事、職場ということになる。そして、そこで躓く。さて、不快とは何か?不快ではないとは何か?と。
不快の理由がわかって初めて、その不快でない会社や職種、業種を探すことができる。
そこでまず、世間でいわれている転職理由をあたらめておさらいしてみて、それに当てはまるかどうか?確認したい。退職理由の上位はだいたい以下のとおりだ。
- 人間関係
- 給料の低さ
- 長時間労働
- 裁量のなさ
- 仕事内容
さて、前職の退職理由がそのまま転職先の志望動機に繋がるらしい。とはいっても、面接では上記の言葉をそのまま使うと、評価が低い。志望動機のNGワードらしい。
今の仕事の何かが不満で、その不満を解消するために転職するのに、その仕事の不満を転職面接の場でそのまま正直にいうのはNGというのは、転職面接の意味不明さを物語る。
ただ、これは例えば、芸能人や著名人が離婚したときにその理由をそのままストレートに公表しないのと同じである。そんな綺麗な理由で離婚するなら、初めから血痕しくて良かったのでは?本当は何よ?と思えそうな、綺麗ごとで円満に離婚したかのような発表をする。
ただ、それは、例えば相手方の悪いところを延々と聞かされて、反論する状況を聞きたいか?といわれるとそうではないし、その人のイメージがその時の負の感情を爆発させたイメージしかつかない。赤の他人からしたら、それを聞かされても…、というわけだ。
これも転職面接と同じ。面接官は負の感情を爆発されても困る。「聞かされる立場になってよ」と思う。だから、綺麗ごととわかっても、言葉を言い換えようという意味にとらえたほうがいい。あとは、ポジティブにいうことで、悪いイメージを持たないで済む、という利点がある。だからこそ、綺麗事が必要なのだ。
話がだいぶそれたが、先に触れた退職理由をひとつひとつ見てみよう。
人間関係
人間関係は、入ってみないとわからない。人数が少ないほうがいい、というわけではない。人数が多いと嫌いな人間は1人は必ずいるが、接点を持たなくても済む。逆に同じ担当が2人とかの会社に入ったときに、この人たちと険悪になれば、職場は最悪になる。逃げ場がない。
人間関係を理由に転職するのは日本だけ、欧米では違う、とか得意げに話すインフルエンサーがいるが、欧州では労働者の階級が違うし、アメリカはもともと転職が当たり前のところだ。それに、日本ほど人種差別が少ない国も珍しいのでは?日本人が欧米に行けば今度は人種で差別されるのでは?どの国が良い悪いの話ではなく、国によって状況が違うので、それをもって自慢げに話すことでもない、という意味である。そして、日本にいる以上は、日本の”人間関係”というは避けては通れまい。
となると、むしろ1人のほうがいいのか?という問いになる。1人でやる仕事というのは、結果がすべて自分に返ってくる、休めない、などの弊害もある。その仕事を理解して、スキルと経験があってやりきれる自信のある者がつく仕事であって、むしろ1人の個人事業主を望むのか?という話になる。個人事業主になるのならば、労働者と求められるものは全く違う。覚悟を持った人が自らの意志でなるのが個人事業主だ。覚悟をもつ、ということはその仕事について調査して、自分の力も把握して、それでも失敗するリスクも計算に入れて、なる仕事だ。今の仕事が嫌だから、という理由だけで選ぶ立場ではない。
給料の低さ
なぜ仕事をするかといえば、衣食住を確保するためだ。そのためにはお金が必要だ。だからお金は必須である。給料が安すぎて生活できない、というのは十分退職理由に当てはまる。そして転職理由にも当てはまる。胸を張って、とはいわないが、「生活していくためには給料が必要だからです」という志望動機は何も悪くない。ただ、それでは、なぜわが社なのか?わが社と同じ、または我が社よりも高い給料の会社が求人になかったか?わが社より、高い給料を提示されたら退職するのか?と続けて質問されるだろうから、その先も考えないといけないが。
そして、私の現在の場合、実は給料はそれほど安くない。いや不満はない。今の給料の高さがあるからこそ、不満が多くても居残っている。多くの同僚も、給料の高さを理由に転職を踏みとどまっているのも多い。
世の経営者の方は、自社の離職率を下げたいなと思ったら、まずは給料を同業他社と同じ地域の会社と比較して、確認してみたほうがいい。キツイ労働環境以外では、給料の高さを理由に離職を踏みとどまる人も結構いるから。
東京の会社や、最初にいた会社よりはかなり安いが、現在の地方にいて中途採用の会社で、今の給料を最初から提示してくる会社はかなり限られる。そして提示してくる会社の大抵は、歩合給と高い管理職手当、夜勤手当が含まれる。つまり今よりも給料が上がらないか、上がるなら労働条件は厳しくなる。
給料だけをもって転職するという選択肢は今の私にはない。勿論給料を下げられたら問題だが、今の私は今の給料が低いという理由をもって転職したい、ということではない。勿論、もっと多く貰えるものなら貰いたいが。
長時間労働(休みのなさ)
最近話題のワークライフバランス。私は、このワークライフバランス、という言葉はもはや経営者にとっても、求職者が探す場合にとっても、転職市場にとっても地雷ワードになっているから言い換えたほうがいいと思う。言葉のイメージが最悪である。
とはいっても、言葉の意味することは分かる。いっそのこと、完全週休2日制、祝日、年末年始は休み、固定残業制度ではない(あっても20時間以内)、であるかどうかでもいい、と思っている。え、育児休暇?有給休暇?それは法律で決まっているから、違法行為をしていない会社は大前提。
さて、今の会社であるが、私の今の立場では完全週休2日制、祝日、年末年始休み、残業ほぼなし、である。つまり、長時間労働を理由に辞めたい、という理由ではない。
むしろ、転職すれば、今よりもこの長時間労働の問題は悪化する危険性がある。先にも書いたが、わが社の離職率が低いのも、この長時間労働のなさと、きちんと残業代が支払われることにある。働き方改革で、残業時間の上限もしっかり守るようになった。
働き方改革を否定する経営者は、業界の現実と比較して実態とあまりにも合わない業界の場合は別として、一般的には労働者に対し長時間労働を迫る会社が多い、ということは念頭においたほうがいい。残業しないと食べていけないというのが理由ならば、残業しないと食べていけない給料の低さと、仕事の多さと期限をまずは見直したほうがいい。
裁量のなさ
裁量は、自らの立場と、自らの給料と、自らの能力に比例する、と考える。これが否定していないのならば、転職材料になりうる。
問題は、裁量のなさを理由に、裁量の多さを求めて転職した場合の危険性だ。責任者が逃げた後始末を押し付けられる危険性がある。
裁量は、成果をあげて、地位をあげて、給料をあげて、結果責任を背負えるようになって、その後についてくるものだと考えたほうがいい。
さて、私は今は裁量のなさに対して不満は持っている。だが、それを転職理由にするほどではない。今の仕事内容に対して結果責任を負ってまで裁量を持ちたいとは思わない。裁量を持ちたいのではなく、上司の決定に不満なのであって、裁量を持ちたいわけではなかろう。
裁量を持ちたいのではなく、肩書という地位を持ちたい、が正しいのでは?
仕事内容に対する不満
自分は今の仕事内容に不満なのは確かだ。
仕事の割振に不満である。
仕事の量に不満である。
仕事の締め切りに不満である。
仕事のやり方に不満である。
上司や同僚のやり方に不満である。
他の人間のやり方に従わされるのに不満である。
やり方が違うと陰口をたたかれているのに不満である。
ただ、そこにたどり着いて、私は気づいた。
私は過去に「無=最高の状態」という本の書評をしているが、その本の存在を思い出して、読んだことで思い出したのである。
たしかに事象として不満が多いのは確かである。ただひとつひとつを冷静に思い返すと、退職理由になるほどではない。仕事内容が直接の退職理由にはならない。
だったら、なぜそこまで辞めたいと思ったのか?
結論:私が辞めたい理由は…
要するに、辞めたい理由は退職理由としての上位にランクインするものには完全に一致しない。不一致とはいわないが、これが原因だと断定するには理由としては弱い。
要するに、理想としている”自己”が、わかりやすくいうと自分のプライドが傷付いたからである。無=最高の状態、という本には、”悪法”という自分が自分で作って自分で苦しみを招いている”悪法”というものが紹介されている。その”悪法”に該当するものが、”積み重なった”結果なのである。”自己”が傷付く出来事が、この1~2か月の間で立て続けに積み重なった結果である。
そして、なによりも労働者が困難なミッションに対応しても、上司や会社がGOサインを出しながら、なにかクレームがあったらすぐに尻込みして、手のひらを反すような、そんな会社であると皆が理解しているようで、他人に責任転嫁しようとしている社内風土、それに嫌気がさしているのである。
そこから逃げたい、それが私の本音だと気づいた。しかし、それは自分が自ら作り出した”悪法”にもよる。なによりも自己が傷付くことを恐れている。さきほど”社内風土”といったが、なにもそのような証拠はない。逃げ腰であり、ヘタレの経営陣ではあるが、トカゲのしっぽ切りをしている会社ではない。トカゲのしっぽ切りをして、逆襲されるのも恐れているほどのヘタレなのかもしれない。
何はともあれ、自分が”最悪”を想定し、”失敗”を想定し、”責任転嫁”されることを想定し、自己に責任転嫁される前に逃げようとしているのが実情だ。本当に自己に責任転嫁されるかどうかはわからないが、過去の例を見てみると、一個人に責任転嫁している例は最近はない。(一個人が起こした違法行為はもちろん別問題である。)
ただ、これも退職理由を区分すると、やはり”人間関係”になるのだろう。
さて”辞めたい理由”には気づけた。
では、どうするか?退職・転職するのか?もし転職するなら、何を理由にして、何を得たいがために転職するのか?
それについては、また次の機会に。
※悪法についての説明は、下記の書評にて。