巧遅は拙速に如かず。急いては事を仕損じる。

仕事とメンタル不調に関する思考バイアスに自分で気づくための日記帳

「働き方改革」を否定する経営者を否定する。

先日、報道ステーションで、某有名日本人経営者のインタビューをしていたので視聴していた。

確かにこの方の経営者としての能力は凄いと思う。一代でこれだけの巨大企業に成長させ、まだ売り上げを伸ばし続けている。ここまでできる経営者はそうそういない。まだ在命中の日本人経営者のなかでは、最も優れた経営者の1人といっても過言ではないだろう。

ただし、私は彼の発言の中での「働き方改革」の否定については全く賛同できない。

思えば、他のIT企業として有名な経営者も「働き方改革」を否定していた。

働き方改革」というのは、いくつかの政策の総称である。具体的にいうと複数の項目が含まれるが、最も最たるものは、労働基準法における残業時間の規制だ。

働き方改革」のなかには「パワハラ」に関する対応も含まれており、これについて問題視する人もいるが、上記の2名の反対しているところは長時間労働の規制に関するところだと推察した。

彼らは、長時間労働を規制することに反対している。曰く「もっと働きたいと思っている人の労働時間を強制的に禁止、制限しているから。」

これについては、賛否もあろう。たしかに、仕事というのは千差万別で、法令で定められた労働時間内に収まらない場合も多い。かえって、家への持ち帰りが増えたり、サービス残業が増えたり、残業代の減少で生活が苦しくなる場合もある。制度として、課題もあることも事実だ。

しかし、根本に立ち返ってみてほしい。

もともと労働基準法における労働時間は何時間か?現在は1日8時間、週40時間(44時間の場合もあり)だ。これを超えることは本来は違法である。それを労使が合意(36協定)していれば、この労働時間を超えて時間外労働ができた。労使が合意さえすれば、割増賃金率は上がれども、無制限で労働は可能だった。ただし、厚生労働省からは労働者の健康を維持するための労働時間という指針はだされていた。つまり、それ以上働けば、健康である保証ができかねないのだ。

それが「働き方改革」によって、時間外労働、休日労働の時間の上限が定められた。

その上限ができた理由はなんだったか思い出してほしい。

入社一年目という右も左もわからない状態の若者に過酷な労働時間を強いたうえで自死に追い込まれた労働者がいたからだ。この会社が若い労働者を自死に追い詰めたのは2回目だ。

それにこの会社だけではない。とある会社は新入社員研修で自死に追い込んだ。ブラック企業と呼ばれる企業が労働者を死に追いやり、心身の健康を破壊し、労働者の生活を破壊した。

人を死に追いやった経営者や上司に対する刑事罰はかなり軽微である。殺人の罪で裁いてもいいぐらいだ。

経営者や上司がこれから未来のある若い人を自死に追いやった。その事実から、その過ちを繰り返さないための労働時間規制であり、「働き方改革」だ。経営者や管理職が労働者の健康を守る気がないから、経営者たちの支配が強すぎるから、国が法令で強制的に規制したといえる。

それを経営者が真っ向から否定するなど、笑止千万。身をわきまえよ。恥を知れ。「働き方改革を否定すると炎上するとか、怒られる」とかいう思考がそもそもおかしい。解雇規制の否定とはレベルが違う。解雇では人は死なない。長時間労働で人を殺した使用者がいるという意識がない。

労働基準法を超えて働きたい労働者がいるのならば、労働者でなくなればいい。個人事業主になるか、使用者側になればいい。労働者を使用者(簡単に言えば経営者および経営に携わる地位と権限のある人のこと)から守るのは、過去に使用者が労働者に過酷な労働を強いてきたからだ。労働基準法は、労働者を使用者から守るための法律だ。使用者がそれを否定するならば、労働基準法を否定するに他ならない。労働者を過酷な労働から守るという意識がないということに他ならない。若者を死に追いやるほどの犠牲がなければ企業が維持できないのならば、その企業は潰れてしまえばいい。

もちろん、労働時間規制についての今の制度がベストであると私は思っていない。改善の余地はあるだろうし、時代とともに労働時間に関する常識は変わっていくだろう。労働者の健康が守られるという前提が常識としてあるならば、仕事内容に応じた柔軟性があってもよいとも思っている。

ただ経営者については話は別。特に「働き方改革」や労働時間規制そのものを否定する経営者。君たちが決めるな。君たちは労働者の健康について守る気がない、労働者を死に追いやったという歴史を無視している。「働き方改革」をいじる資格がない。

世の中には上記の2名と同じ考えの経営者は沢山いるだろう。彼らは労働者の健康を守る必要はないという意思表示だと私は思っている。

会社の売上や利益の増加が、労働者の幸福ではない。会社の売上や利益が伸びていくことを、ビジネス用語で”成長”というが、会社の”成長”と労働者個人の”成長”は異なる。会社の”成長”が自分の健康や命よりも大事なわけがない。

”成長”などという美辞麗句によって、自己の心身の健康を蔑ろにしてはいけない。

これから働こうとする若い人は経営者の考えをよく見聞きしてほしい。そして自分で判断してほしい。私のような氷河期世代は、このような戯言をいう経営者などまだましで、仕事を得るためにもっと酷い経営者や上司に従わざるを得なかったが、今は人手不足だ。健康は度外視してでもその経営センスを学びたいと思ってその下で働くのも、拒否するのも選択できる環境なのだから。