けーせらーせらー

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罵り合いの「まとめサイト」を見るのをやめた話

いわゆる「まとめサイト」をよく見ていた。今、話題になっていること、問題になっていること、流行などを知ることができるし、匿名の投稿というのは、時に的をついた発言があったりするから暇つぶしにはもってこいだった。10、20年前に流行っていた「まとめサイト」もどんどん閉鎖されていったり、更新が滞るなかで、X(旧Twitter)などでバズっていることを中心にした「まとめサイト」をよく見ていた。

さて、その「まとめサイト」だが、最近はとあるキーワードをもとにした記事が増加していった。

いわゆる、ネットスラングである「チー牛」と「弱者男性」に関する記事である。

知らない人に簡単に説明すると「チー牛」というのは、「チーズ牛丼を下さい。」と注文しているメガネをかけた男性のイラストが、性格が陰気な男性の特徴をとらえていたので、そこから転じて、異性にモテなさそうな陰気な性格の男性を「チー牛」と呼ばれるようになったようである。

「弱者男性」のほうは、未婚、低年収、非正規雇用、親の家で同居、というような、昭和の頃、成年男性の”普通”であった、妻と子、安定した収入、マイホームというものを持っていない、競争社会に負けた、レールから落ちた成年男性の蔑称になったようである。

ネットスラングというのは流行言葉でもあるので、すぐに消え去るだろうと思ったが、この中の「チー牛」「弱者男性」は「禿げ」「デブ」「ニート」などのモテない男性の容姿や、生活力のない男性を侮蔑するだけにとどまらず、社会から抹殺されるべき存在として扱いわれるようになった。とある有名な動画投稿者は「弱者男性は、アウシュ〇ィッツ収容所のガ〇室のようなところに送って一斉に〇すべき」というような発言したようだが、この「まとめサイト」は、それと似たような思想をもつ投稿をまとめていた。特に「チー牛」に関しては、臭いとか暴力をふるうなど周りに被害を与える人をさしているわけではない。異性から好意をむけられないという”見た目”でしかない。

私が特に目に余ると思った記事は下記のような投稿を扱うものだった。

  • 「チー牛」が道を歩いていたから、警察を呼んだ。
  • 「チー牛」に好意を持たれると殺されるから、排除すべき。
  • 自分の子どもを「チー牛」にさせてはならない。
  • 「チー牛」は社会に存在させてはならない。女性の敵。この世から消せ。
  • 「チー牛」が歩いているので、彼氏に殴ってもらい、「チー」「チー」と泣いて走り去るのを見てホッと安心した。

ここまで来たら、モテない、好みでない容姿などの話ではすまされない、イジメを超えた、もはや差別、人権侵害である。社会から排除すべき、というナチスと同じようなことを発言している。それは「チー牛」という単語を特定の人種に置き換えてみたらわかることであろう。しかも、その発言を咎めた人は「お前がチー牛だから咎めるのだ」とまでいっている始末である。

インターネットの世界では、そこまで「チー牛」と呼ばれる容姿の人を排除すべき、という流れなのかと思い、試しにTwitterエゴサーチしてみた。すると、チー牛と検索してやっとその意見が見つかる程度。「チー牛」なんて呼び方をすべきではない、というような真っ当な意見の方もある。誰かと口論、喧嘩をしているなかで相手を罵る言葉として使用している人か、男性を憎んでいる人の総称を「チー牛」と言っている人もいた。憎しみの感情を吐き出す投稿を、赤の他人があえて読もうとする必要性があるとは思えない。

そして気づいたのである。この「まとめサイト」が積極的に、意図的に「チー牛」「弱者男性」を排除すべき投稿を探して取り上げていることに。Twitterなんて、「チー牛」に限らず、スラングや罵り合いを探そうと思えば見つかるが、その罵り合いに自ら参加しない限りそんなには表示されない。つまり、この「まとめサイト」は「チー牛」「弱者男性」に対する排斥行為を取り上げることで、不特定の男性を挑発し、憎悪、嫌悪感、怒りという感情を刺激させてサイトでの収入源のもとになる閲覧数を稼いでいるのである。

私はメガネをかけていないし見た目は「チー牛」ではないが、独身なので「弱者男性」にカテゴライズされる。正直いい気はしなかったが、以前は別の話題をとりあげていた「まとめサイト」だったこともあり、惰性で閲覧していた。

しかし、このようなサイト自体が存在するほうがおかしいのである。このような人権侵害を繰り返しているサイトを見るほうがおかしいのである。特定の容姿というだけで抹殺されるべきという考えを拡散することは、表現の自由があっても許されるべきものでのではない。

ただ、そこでまた気付いた。もともと、まとめサイトというのは、誰かをターゲットにし、叩く行為を誘発していたことを。まとめサイトを作っている人は今、そのターゲットを特定の有名人から「チー牛」「弱者男性」をはじめとする差別用語で置き換えられる不特定多数に変えただけであることを。特定の有名人が、匿名の投稿者を特定するための開示請求を行って名誉棄損などでその排斥活動を行う人達を訴え始めたことで、「まとめサイト」は特定の個人を安易に取り上げるリスクがでてきたから、個人を特定しないため、訴えられないであろう不特定多数の人間にターゲットを変えただけにすぎないことを。

インターネット上で相手の間違いを正そうとすることは難しいし、不適切な発言などをした有名人を正義の名のもとに叩いて、さらにエスカレートして誹謗中傷の言葉を投げつけるようになってしまうのとたいして変わらない。

Twitterも、YouTubeもこのような投稿が表示されたらブロックする。

となると、私がする行為は一つである。そのような「まとめサイト」を見るのを止めることである。このようなサイトをみることは、閲覧数稼ぎのために運営者が行う人権侵害に加担しているのと同じなのだから。

実社会やテレビでは、コンプライアンスの撤退と、ハラスメントの排除、多様性の尊重が広まり、ブサイク、未婚というだけで人間性を否定する、通称イジる行為がほぼ消え去った。ただし、人間の差別意識は消えない。差別は娯楽である。それがインターネットのなかで蔓延る。インターネット上の著名人たたきの代表格のひとつであったヤフーニュースのコメント欄は制限されたが、週刊誌やスポーツ新聞のネット記事はいまだに誰かを叩き誰かをけなしている。芸能人、迷惑系ユーチューバー、ひろ〇き、堀〇氏などのTwitterの投稿のなかで誰かを叩いている投稿をピックアップする行為を”エンタメ”として記事にしている始末である。

私は芸能人、有名人でないので、対岸の火事というかどのような精神的な被害を受けるのかイメージできなかったが、この「チー牛」「弱者男性」の排斥行為を見て、芸能人、著名人の方の被害がどれほどひどいものなのかイメージできた気がする。自分がそのようなサイトを見てきたことは人権侵害、誹謗中傷に加担するのと同じであったと反省するとともに、この「まとめサイト」を履歴から消した。

昔インターネットが広がり始めた時に出版された本がある。その本のタイトルは「ウェブはバカと暇人のもの」だったと記憶している。今もそれは変わらない。自戒を込めて、その言葉でこの記事を終える。