けーせらーせらー

仕事、メンタル、労働法、転職、書評に関するエトセトラ

メンタル疾患予防に人間関係を断つことが良いことなのか

メンタル疾患は「人間関係」が原因、といわれている。(長時間労働による休息や睡眠の減少、長期間続くか過度のストレスも原因といわれているが、原因に関する複数の意見は話が横にそれるので省略する)。私はメンタル疾患から快復した2014年以降の約10年間、「人間関係」で躓かないよう、なるべく人との接触を避けてきた。できる限り人間に接しない仕事を選んできた。帰社後や休日は人と会わないようにしてきた。

その結果、人間関係によるストレスは減少した。再発率の高いメンタル疾患で10年再発しなかったのはこの面も大きいと思っている。

最初の会社をメンタル疾患による休業でクビになった後の10年前に社会復帰した後、正社員と非正規社員、両方の立場で仕事に就いた。正規雇用と非正規雇用の混在した職場はどこも人員構成が歪だった。非正規雇用と正社員との間には大きな壁があった。わかりやすいいじめや見下しは少ないが、仲良くはなかった。非正規雇用の場合、男は定年後の60歳以上の人ばかり、女性は子育て真っ最中の人ばかりだった。正社員は数が極端に少なくほぼ管理職扱いで疲弊していた。職場でのいじめはなかったし、ブラック企業でもないが、いい職場ではなかった。

私は正社員でも非正規でもどちらでも良いと思った。正社員の方が離職率が高く、どちらが終身雇用なのかよくわからない状態になっていた。それならば長時間労働とストレスの少ない非正規雇用でいいと思っていた。

またメンタル疾患のことは管理職と人事にしか話していないので、変に仲良くなってしまうとうっかりメンタル疾患のことを話してしまうことを恐れた。人はすぐ噂をする。メンタル疾患とわかれば話が広まりさらに距離を置かれる。

私にとって仕事を選ぶ差優先事項はメンタル疾患の再発を防ぐことだった。今後は一人でできる仕事を探し、テレワークか個人事業主になることを考えて研究していた。

ところがである。最近、寂しさがつのるようになってきたのである。寂しさで朝目が覚めるようになってきた。若いころにはなかった芸能ニュースでの結婚に苛立ちを覚えるのは、また、他人が職場で世間話をしていることに苛立ちを覚えるのは、その行為自体が問題ではなくではなく、問題は自分の方。ひとえに自分が他者と関われていないことに苛立っているだけなのではないか。

自分の人生はこれでいいのだろうか。メンタル疾患の時の辛さを思い出すと再発は絶対に避けたい。だが、再発を恐れるあまり、人を避けて残りの人生を過ごすことがいいのだろうか。

そんな時、仕事場でひょんなことから、仕事において職場の同僚と協力して問題を解決することが続いた。

楽しかった。自分の力で自分だけの問題を一人で解決することよりも、仲間と一緒に問題解決することは楽しかった。自分の正しいと思ったことで解決できたケースと、他人の力によって自分だけではわからなかったことが解決できたケースがあったが、どちらも楽しかった。そこに身分も性別もなかった。

私は自分が今後求めている仕事を見誤っているのではないかと感じた。自分は他者と関わり合いたいと強く願っているのではないかと。何も人と関わること自体がメンタル疾患になるわけではない。人とのかかわり方、人に対する考え方の方が重要であり、過去のメンタル疾患での差別をいまだに引きずっているだけではないかと。

人間関係にストレスはつきものである。これは変わらない。あわない人の考えに無理にあわせるからストレスになる。そもそも人との関わりを疎遠にしたからといってストレスがなくなるわけではない。寂しいこともストレスなのではないか。今後もほぼすべての人間とのかかわりを断つことは果たしてメンタル疾患の再発予防に必須なのだろうか。

この問題はすぐに解決するとは思っていないし、何が正解かは多分一生わからない。また一人の時間は大切だが、今の私は一人の時間が多すぎる。

将来の方向性も結論がでたわけでない。40代の独身のおっさんが急に人に接しようとしても怖がられるのは確実だし、どうすればいいかもよくわかっていない。

ただ今の自分の今の気持ちを後から確認できるよう記録したく、今回記事にした次第である。