久しぶりに政治経済の話。
興味のない人用に一旦改行する。
- 財務省について
- 政治家について
- 税と社会保険料を一緒くたにすると、論点がズレる
- 税金について
- 本当に基礎控除等の引き上げが減税策として一番か
- 社会保険料について
- 今の日本政府は国民の意識を把握できていないのだろうか?
- まとめ
財務省について
最近財務省がすべての巨悪かのような陰謀論がSNSを中心に渦巻いているようだ。
最初に断っておくが、私は財務省の人間でもないし、擁護する気もない。
デモという行為についての私見。
私はデモを否定するつもりは全くない。むしろ現在の日本はデモをしなさすぎだと思っている。他人事ではあるし、暴力を肯定しているわけではないが、もっと意見表明をしてもいいと思う。
デモ否定派がいうように、デモを実施することで、即、政治家や行政機関の行動がデモの意向に従った政策に変わることはほぼないだろう。だがデモは国民の、一般大衆の意見表明の手段だと思っているのでやる意味はゼロではない。デモによって変わるか変わらないの0か100の極論にするのは安直すぎる。政治家や行政機関ではなく、マスコミに報じられたり、その姿を他の有権者に見せることで、他の有権者に対して何かを訴えるのに有効な手段だ。
「デモなんか無駄。個人が努力が足りないだけ」とか言っているいつもの某実業家は、いつもの通りの逆張りの視聴回数稼ぎありきの反論なので無視してよい。
というか、あの実業家は注目されることで収益を稼ぐことを狙っている。思ったこと言っているだけかもしれないが、誰かの怒りを誘発するような発言をすることで、ネット記事などに取り上げられることは承知のうえで、いや”わざと”といっている。現に彼は人種差別などはしていないし、働くことができない人間を馬鹿にはしない。スマホを見ているような人間、つまりスマホを持ち続けることができそうな人たちを馬鹿にしている。
そもそもネットの世界に限らず、他人を汚い言葉を使って口論すること自体が楽しい人間、というのもいる。(彼がそうかは彼に死か知らないが)
ただ、義憤に駆られてデモの主催者に利用されるなよ、とは思うが。
さて、では財務省の人間が無能か?というとそうではないと私は思っている。一人一人が有能か無能かどうかまでは知らないが、全員無能だと思うのは極論だろう。有能か無能かというのもまた論点、デモの目的がズレる。
官僚たちは、根拠は提示できないが、おそらく有能な人が多いと思う。頭の良さでいえば日本人のトップクラスの人たちだろう。
以前キャリアの人と話す機会があったが、私とは知識も思考もレベルが違うと感じた。プロの棋士に太刀打ちするかのような感覚。何手先まで読んで打っている感じのイメージ。そして全体を見て先を見ている。世界情勢の分析やこれまでの国家運営のノウハウもあるだろう。一般市民が知らない情報や知識も持っているだろう。
だから一般人が知らない何か狙いがあって、豊富な知識と経験をもとに政策を立案している、と思っている。官僚は馬鹿でも間抜けでもない。つまり、だれかの意向をくんで政策を立案していると思ったほうが自然だ。誰か、と言われると、組織のトップ、ということになろう。
ただし、その政策が、あなた、つまり特定の国民1人の幸福に繋がる政策をとっているか?というとそうではないと思う。特定の誰か、つまりあなたが不幸にはなるが、他の大勢の人間の幸福に繋がるであろう政策をとったりもする。
人類みなが幸せにできる政策などありえないことは誰にでもわかる。政治は選択。だから多くの人に、全体的に、効率的に、生産的に、最適な幸福を、または、より不幸にならない選択をしている可能性が高い。
そして、あなたが政策として考慮されているその最大数の中に含まれていない可能性はあるだろう。だからといって多数の人優先だよね、仕方ないね、と黙って従う必要などないと思っている。
それに、個人がどれだけ優秀でも所詮は組織だ。官僚組織に限らず、個人が生き残るため、個人の考え方が違うため、いろいろな意見が混ざるため、状況が変わるため、トップの意向に沿うため、結果としていろいろひっくるめて組織としてだした答えが、外部の人にとって意味不明なものになるのだ。
小説や映画で見た話だが「太平洋戦争に勝つためには、日本国民の男性の半数を特攻隊にすれば勝てる」と政策を訴えた軍人が終戦前にいたらしい。現在から見れば、どうかしている話だが、国、国体の防衛、自分の組織の防衛のためには一般国民の犠牲など眼中にない意見がでてきたりする。
国家のためには、組織のためには最良だが、国民のためにはならない政策をとっている、ともいえる。
それに、所詮は人事権をもっている人間に従うのが組織人だ。従わなければ干される。上に立つものが間違っていようがなかろうが、上が白といったら白だ。
増税した人が出世するかは知らないが、岸田前総理の唐突な「減税」に対応した人は出世したそうだ。増税した人が出世する、というよりは、上司の意向に満点の対応をした人が出世する、といったほうが正しいのでは?と思っている。
財務省が解体されれば問題が解決できる、というのも問題を単純化しすぎだと思う。財政規律主義とは反対意見ならば、積極財政派の政治家を応援したほうがいいとは思う。
財務省の権力が大きすぎると思っている人にとっては、解体というのは権限や管轄の分散化を目指しているのであろう。大蔵省の時も「ノーパンしゃぶしゃぶ」の件で解体されて財務省になった。「ノーパンしゃぶしゃぶ」接待が金融部門を管轄している部門でおきたから、財務省から金融庁は分離した、と記憶している。だから、場合によっては歳入庁とかいって組織から一部権限が分離する可能性はゼロではないと思う。国の予算を管理する部門はなくならなくても、財務省が分割される可能性はゼロではない。
組織は腐敗する。組織は存続させることを他の何よりも優先する。所詮他人である国民なんて二の次だ。財務省に限らず、組織なんてそんなもんだ。
だから「行政の監視」という意味でも「政治家へのアピール」という意味でもデモをすることは私はアリだと思っている。諦観して黙って従っていると、どんどん増税されまくると思う。だって、あなたという1個人の幸せなど、国家の繁栄より優先されないのだから。
政治家について
政治家はなにかをやりたいがために、なにかを成し遂げたいがために政治家になった人が多いだろう。世襲議員の一部にはそう思えない人もいるが、心のうちは他人にはわからないので決めつけられない。
そして政治家であり続けるためには、選挙に勝たなければならない。選挙に勝つにはどうすればいいか?自分の選挙区の有権者、支持者層の利益を提供し、便宜を図り不便を解消したりするのだろう。
だから、あなたの幸せに繋がっていないのならば、それはあなたがその政治家の支持者でないからだ。その政治家に投票しないからだ。その政治家の選挙の応援をしないからだ。政治家は直接応援する人を組織を幸福にする政策を優先する。政治家だって人間だもの。
政治家だって自分を慕ってくれる人達を、文句ばかり言う人間より、優先する。
だからといって、政治家や自分より頭の良い官僚に黙って従順しておけ、というわけではない。
自分が自分が考えている幸福を最優先した政治を行ってほしいのならば、そういう政治家を応援しないとだめだ。そういう政治家に投票するのが有権者としての手段だろう。
日本は民主主義である。民主主義は完全ではないし、過激で単純で扇動的で短期的な政策に飛びつきやすい欠点もあるが、だからといって、君主政治や官僚政治よりはマシだ。扇動に引っかかった国民が生み出した悲劇としてヒトラーが例にあがるが、だからといって、権威主義国家のほうが国民が幸せかというとそうではなかろう。
あなたの幸せとはなにか?それは政治によって可能なものか?政治を単なる不満のはけ口にしていないか、そのあたりを考えないと、ただ耳障りのいい言葉を使う政治家に引っかかって選んでしまうだろう。
税と社会保険料を一緒くたにすると、論点がズレる
税と社会保険料、それぞれについて語ろうとすれば一冊どころの本では済まない。ブログ、SNS、YouTubeで分かった気になるのが一番まずい。自分の言葉で語りたいなら、政治家や官僚や陰謀論を唱えるインフルエンサーに騙されたくないなら、きちんと勉強したほうがいい。
そのうえで、一言いいたい。税と社会保険料の問題を一緒くたにすると、何がなんだかわからないところに行きつくよ、と。
給料から強制的に天引きされているし、個人事業主だって税務署や市役所や年金事務所から強制的に言われた額を取り上げる行為は一緒だろ、といわれればそうであるが、とっている側の理屈は違う。
税金について
税は、あくまで国家運営、地方自治体の運営に使われる。行政組織に使われる。そのお金の使い道は多岐にわたり、社会福祉にも使われるからややこしくなるのだが、単純に言えば国民市民の生活に使われる。治安維持にも使われるし、道路などのインフラ整備にも防衛費にも使われる。そして、保育園から学校までの未成年の育児と教育にも使われる。国民の生命を守るためにも使われるし、国家の発展のためには経済活動への援助にも使われる。
税金の取り方も違う。住民税は基本全員一律10%だが、所得税は累進課税だ。所得が多いほど税率が高くなる。これにより富の再分配機能を有する。
住民税が一律といったが、地方交付税交付金などがあるので、国の税である所得税法人税などでも地方自治に使われる。
そしてわかりにくいのだが、所得税と住民税の合計税率は高所得者を除けば、社会保険料よりも安かったりする。税金には控除制度があるからだ。マイホームのローンがあり扶養者がいたりすると税金の金額は減る。
今、手取りが減って厳しいと言っている人たちが多くいる。それは事実だが、個人個人の内訳をみると税率、税金の額が違うので負担額も負担率も違う。同床異夢の可能性があったりするわけだ。
おそらくではあるが、高所得者を除き、天引きの負担が大きいといっているのは、おそらく社会保険料のほうであろう。
ちなみに消費税が悪と言われがちだ。まあ、私も好きではないし、食品とかの軽減税率はもっと下げてもいいと思っているが、あれは商品購入の際に、税金を支払っている実感を金額を毎回見ることが影響する。消費者心理を冷え込ます。多分、税込金額しか表記できなくなれば、消費者心理は変わる可能性がある。
もし、所得税・住民税を源泉所得税制度をなくし、年末調整もなくし、全員確定申告制度にすれば、所得税・住民税の嫌悪感は消費税並みになると思う。給料天引きで計算方がわかりにくいのが、逆に反発を受けづらくしている。
一口に税といっても、経済発展なりインフレなり富の再分配なり色々な側面がある。減税できない、という意見の養護をするわけではないが、税の話はとてもややこしい。
テレビにでてくるようなタレントが税についてコメントできるのは、せいぜい”暫定”税率、という言葉へのツッコミぐらいがせいぜいだろう。
あ、ちなみに「返礼品」と「ポイント」を目当てに、自分のふるさとでも、被災地とか、支援したいとか理由がないのに「ふるさと納税制度」のようなゴミくず制度を利用する人間は、税金に対して文句を言う資格はない。
本当に基礎控除等の引き上げが減税策として一番か
手取りが増えたほうがいい。私もそう思う。誰だって税金は少ないほうがいい。
ただ、本当に基礎控除と給与所得控除の上限引き上げ、しかも全員一律で50万円近く引き上げることが、減税の手段として最適か、というと私は懐疑的だ。
大学生の年齢の特定扶養控除の対象となる所得については、たしかに引き上げたほうがいいと思う。今の最低賃金だと東京とかだったら軽々と超えてしまう。学生アルバイトを戦力としている企業が小売店や飲食店で多く、その企業にとってもメリットがあるので、単なる減税策とはいえない。だからだろう、この部分はスムーズに通ったようだ。配偶者控除、配偶者特別控除と比較すると特定扶養親族に対する扶養控除は盲点だった、なるほどと多くの人が思うだろう。
ガソリンの暫定税率も優先的に下げるべきだろう。地方の低所得者ほど負担が大きい。私はある金額までの期間限定でもいいとも思う。
ただ、基礎控除等の金額をあそこまで上げるのはどうなのか、6兆円とか7兆円減税したとしても、その恩恵は高所得者にいってしまう。
税金における年収の壁が引きあがっても、社会保険料における年収の壁がなくなってしまい、結局、低所得の被扶養者の天引き額があがってしまえば、その減税の恩恵は消え去る。扶養に入っている人は社会保険料の壁を意識して働くのは買わないだろうから、減税額と比較して、高所得者中心になり、低所得者はそれほどの恩恵はない。効果と現在額があまり見合わない感じがする。
払っているのを戻すだけだ、という反論はまさにそのとおりだが、税金における年収の壁を178万円まで引き上げるのを応援している人は高所得者ばかりなのだろうか?
私はそこまで引き上げずに、その分、社会保険料負担額を減らすほうがいい、つまりは国庫負担を増やしたほうがいいと思っている。
話はそれるが、維新の会の「高校授業料無償化」については中身を知らないので何とも言えない。私、高校生の子供がいないので。扶養控除とか他の項目を見ないと軽々に判断できない。ただ、維新の本音は、大阪支援、大阪万博への支援の継続、強化だと思うので、万博開催中までは与党と仲違いはしたくないだろう、と邪推している。
社会保険料について
私は社会保険料のほうが、税金よりも闇が深いと思う。だから分離して考えるべきだといった。
社会保険制度についての解決策は見当たらないし、多少の延命はともかく抜本的に改善できる可能性も見当たらないからだ。
このままいけば現役世代が重い保険料負担でつぶれるか、社会保険制度がつぶれるかのどちらかか。今回のように高額療養費の負担金額を増やすなどして保険料負担の軽減策をすれば、誰かが必ず不幸になる。社会保険料の制度の難しいところは、その不幸のレベルが生活が苦しいどころではなく、生命の維持に直結するレベルで誰かにしわ寄せがいく。某知事がいうとおり、国賊になりうる。政治家だけではない、厚生労働省の担当者レベルや、市役所や医療機関などの前線に立つ人も命がけの対応となる。誰だって及び腰、総論賛成、各論反対だ。
保険料負担については政府はこれまで無策だったではない。高額所得者の高額療養費は引き上げたし、負担率の等級も引き上げて高額所得者の負担額は増やした。消費税率も引き上げた。薬価報酬も引き下げた。
だが小手先レベル。誰かの生命を脅かすぐらいでないと、第2次ベビーブームの世代、就職氷河期世代が65歳に入り始める15年以内に確実に社会保険制度はつぶれるだろう。
社会保険制度の問題はほぼ、少子高齢化の問題が根本原因であり、社会保険制度の問題は少子高齢化の問題と単純化してもいい。少子高齢化の問題が解消すれば社会保険制度の問題も解消に向かう。
だが、だからこそ、少子高齢化対策の解決策がないから、社会保険料については万策尽きた、といっているのだ。
以前、万策尽きた、と理由は記事にした。要約すると「就職氷河期」、第2次ベビーブーム世代という団塊世代の次に多い世代を見殺しにしたことで詰んだのだ。あの世代の子供がもっといれば、その子供たちが今頃成人、または成人前になり、近いうちに労働者となり、対策の選択肢も増えた。
だが時は戻らない。
対応策はないかというと、団塊世代から就職氷河期世代を切り捨てれば保険制度は生き残る。ただしそれをすれば治安は悪化する。ホームレスが増える。強盗、泥棒、殺人などの犯罪が増える。社会保険料負担が減っても生活保護、治安維持の負担が増えるだけ。
それにその世代を切り捨てても、今度は少子化問題で人手不足による労働者不足で詰む。外国人であふれる。日本人の高齢者を切り捨てて、他の国の人間の社会保険料を払う社会になるだけである。
もう、この国はどうやっても少子高齢化と就職氷河期世代の放置で、詰んだのだよ。
エビデンス、と前皮肉たっぷりに記事にしたが、こうすれば少子高齢化は解決する、というエビデンスはない。どこの国も成功していない。少子高齢化の進行を鈍化させることに成功している国はある。ただし、解決した国はないと記憶している。
そして日本が欧米諸国よりも中国よりも先にこの問題にぶち当たる。他の国を真似て改良するのを得意とする日本国の運営で一番厄介だ。エビデンスをもとにした政策運営では、AIでは、官僚では「前例がない、成功例がない」ことは解決できない。
少子高齢化の問題を女性の社会進出の影響だという人もいる。その分析は正しいだろうが、それは女性が社会進出するから問題なのではない。かつて女性が生き残る手段は家庭に入って子供を産むことがメインだった。そして生まれた子供と一緒に家族で稼いで働くことで家庭皆が生き残ることができたからだ。また子孫を残すことでお家が断絶し路頭に迷わないために、子供を産み、子孫を残すが大人の生き残るための手段であったともいえる。女性が社会に進出できること、子供を働かせなくても家庭が維持できる社会になったことで、少子化という副産物ができてしまった。
収入が減ったことを理由にするのも完璧な答えとはいえない。収入が高く安定していることに越したことはないが、だからといって収入と比例して出生数はあがらないだろう。現に、収入の多い東京よりも、沖縄のほうが出生率は高い。
日本特有の問題。それは就職氷河期の問題。ここだけ見ると、いろいろな説が崩れる。
多分、今の親世代が自分の力で生活の質を落とすことなく子供を守れると思っている人数が今の出生数なのであろう。子孫を残す、という生命の本能も医療の発展で子供の死亡率も減っていることも影響している。教育費の負担軽減では少子化対策は解決しない。
私は少子化の専門ではないし、自分の生きる手段としてその勉強や知識を仕入れていないので、深くこのテーマで私見を述べるつもりはない。だが、なんとなく、単純な問題、女性の社会進出、仕事の安定性、収入の多さだけで片付けるのは乱暴ではあると感じている。
そして、私は日本の未来のために高齢者に死んでくれと思ったことはない。就職氷河期を見捨てた日本は、高齢者になった就職氷河期世代の負担によって全世代が滅んだらいいと思っている人間なので、妙案など思いつくわけがない。
ただ、税金と社会保険料を一緒くたにはできない、と思っておいてほしい。
そして、減税を主張している国民民主党は、社会保険料の負担については被扶養者として家庭を支える既婚女性の負担にも前向きだ。つまり、兼業主婦の人は手取りは増えない人はいる。税金は減少するかもしれないが、一社会保険料負担は増える、つまり手取りはさらに減る人がいるであろうことを理解したほうがいい。そうなると夫婦としての合算手取り額は減る可能性だってあることだ。
これはSNSとかYouTubeのショート動画だけみていてもわからない。というかそんな短時間で社会保険料、社会保険制度が理解できるわけがない。
そういえば国民民主党の支持率が男性のほうが高いらしい。というのは上記を理解している女性が多いからではないか?とも思っている。いまだ30%以上が年収の壁を意識して労働しているらしい。年収の壁は税金だけではない。社会保険料の壁のほうが実はかなりキツイのだ。代表の不倫だけが女性の支持率の低さの原因という単純な決めつけは的外れかもしれない。
今の日本政府は国民の意識を把握できていないのだろうか?
コロナ禍の終了時期から外国からの仕入れ価格の高騰で物価高が始まる。円安も海外の仕入れ高を増やし追い打ちをかける。またここ30年ぐらいの間、企業はできる限り値上げしないように価格を抑えてきた。ひとつの企業だけが値上げすれば売り上げが減り、利益がへるからだ。
それが一度一斉に値上げしたことで、値上げに火が付いた。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とばかりにこれまでの据え置き分も値上げした。異常気象の影響で国内の生鮮品も値上げした。最低賃金も値上がりし、小売店や飲食店などの最低賃金レベルでの非正規雇用で運営していた業界も値上げとなった。
すべてのものが一斉に一気に値上げした。下がる見通しもない。手取り以上に物価高が進めば生活は苦しくなる。
デフレから脱却して2%インフレ目標を掲げているかとか、金融政策が正しいかどうかは国民にとっては本当はどうでもよい。国家の財政よりも自分の財政、今のお金、生活の維持、向上することが重要。国の財政だけがよくなっても何も意味がない。インフレ率よりも賃上げ率があがらなければ意味がない。
だから日本国民はこの急激な物価高に対する解決策を日本政府に期待した。少なくとも激変緩和措置を期待した。しかし今の日本政府は解決策の提示どころか、増税、社会保険料負担増を提示してきた。ゼロ回答ならぬ、無視だ。コロナ禍のあれほどのバラマキとはえらい違いだ。その違いが私には理解できない。説明もないが、屁理屈などきいてもおなかも財布も増えない。
国民は舐められている。怒りに震えるのも無理はない。あからさまに庶民を馬鹿にする言動のほうが有権者の反発は強い。
10万円を超えるiphoneは変えるのに?生活が苦しいならば、iphoneをやめて、安いアンドロイドスマホに変えればいいじゃない?500万円を超えるアルファードをやめて、中古車かミライースに乗ればいいじゃない?個人が努力して所得を増やせば、物価高に対応できるじゃない?
ごもっともな意見だが、マリーアントワネットのパンの話と似たようなもんだ。
おそらく減税を掲げた国民民主党もここまで支持が増えるとは思っていなかっただろう。それぐらい国民の怒りは膨らんでいるという証拠だ。解決策を求めている。
その感情を、以前と比較したうえでの生活苦を理解しないかぎりは財務省へのヘイトはとまらないだろうし、自民党の税調とか総理への怒りも止まらないだろう。
まとめ
長々と書いていたが、言いたいことを一言で締める。
税金は理屈ではない。感情だよ。