中編は、数日前に記事にした【社会保険適用時処遇改善コース】の3つのメニューについての個別の説明と、細かなルールについての記事である。
前編で、この”助成金獲得のため”に”現時点”で”あえて”賃上げや所定労働時間を延長する価値は殆どないと書いた。
尚、”この助成金のために””あえて”と書いている理由を説明すると、”助成金獲得目的”または”年収の壁”対応のために社会保険に加入する価値は今のところほとんどないが、例えば助成金を理由とするわけでなく、賃上げや所定労働時間の変更などの理由で、また今年10月以降に特定適用事業所になることで、社会保険に加入することになった有期契約労働者等に対しては別であり、この場合でこの助成金の要件にあえば、せっかくなので計画・申請するといいと思っている。他の処遇改善コースと違い、有期契約労働者全員が対象ではないコースなのだから。
今回はそういう結論になった理由を3つのメニューごとに説明する。1万時超という文字数であり、結論は前編で書いたこともあり、ここで一旦区切ることにする。
- 最初に注意書き
- まずは「年収106万円の壁」と社会保険加入について
- 3つのメニューの紹介
- 手当等支給メニュー
- 労働時間延長メニュー
- 併用メニュー
- 支給要領から推測するこのコースの疑問点
- まとめ:この助成金で年収の壁を突破できるとは思えない
最初に注意書き
あくまで以下の説明は私が調べた範囲内の理解である。このコースはないな、と思ってからあまり調べていないので間違いが多いだろう。当然、内容の保証はできないし、間違いに気づいたら、随時こっそりと修正していく。あと、何度もいうが数年内に年金制度が変わる可能性があり、その場合、下記の判断は変わる可能性があることも留意していただきたい。
まずは「年収106万円の壁」と社会保険加入について
配偶者が健康保険と厚生年金保険に加入している被扶養者の場合、社会保険料の支払いをせずに健康保険と国民年金の恩恵を受けることができる。だが、①収入と②所定労働時間が規定以上を超えた場合には加入義務が発生する。
ここで注意したいのは、現時点では会社の厚生年金保険加入者数によって、この①と②の金額と時間が違うこと。そして、この助成金のこのコースははあくまで厚生年金保険加入者数が常時101人以上の会社である【特定適用事業所】がメインの対象としているようである。労働者の数ではないので注意。
厚生年金保険加入者数が令和6年5月の現時点で100人以下(令和6年10月以降は50人以下)の会社は特定適用事業所ではない。(希望すれば、任意特定事業所として対象になれるが、その説明は省略する)そもそも、この説明は年収の壁対策・支援パッケージの方で説明していて、助成金の説明をしているのとわかれていてとてもわかりにくい。
厚生年金保険加入者が100人以下(令和6年10月以降は50人以下)の会社の場合は、この助成金よりも、年収の壁突破パッケージの130万円の壁対策のほうが良いと私は思う。あっちのほうが、この助成金よりシンプルに対策がとれる。だから130万円の壁の対策の方は使える会社が多いのではないか、と私は思う。ただ、あれ厳密には130万円の壁の解消ではなくて、暫定的な年末のパートタイマーの人の労働時間調整用の対策ではない。
前置きが長くなったが、ここからは厚生年金加入者数が常時101人以上の【特定適用事業所】が対象という前提で説明する。
3つのメニューの紹介
というわけで【社会保険適用時処遇改善コース】には、
- 社会保険料相当分、賃金を上昇させて、手取り額を減らさない【手当等支給メニュー】、
- 所定労働時間を上昇させるなどして、手取り額を減らさない【労働時間延長メニュー】
- 上記2つをミックスした【併用メニュー】
の3つメニューがある。尚、このコースは、令和8年3月31日までの期間限定コースである。
今から始めても2年未満しかないが…以下各コースを見て行こう。
手当等支給メニュー
ざっくりいうと、社会保険料の労働者負担の割合は賃金の約15%。所得税のように段階的にあげていくのと違い、一定の賃金を超えた段階でいきなり15%の負担である。急に負担させるから、いきなり天引き額が増えるので、労働者の手取り額が減る。これが問題。だから、その15%分を賃金を上昇させて穴埋めして、労働者の手取り額を減らさない取り組みをしたら、助成金を支給しますよ、ということである。
また、この15%の上昇分にまた15%の労働者負担分をかけたら、結局手取りが減るので、そうならないよう、この15%上昇分については社会保険料15%の計算に入れないようにしますよ、その社会保険料15%の計算に入れない手当を【社会保険適用促進手当】という新しい手当を創設しますよ、という話である。
計算の具体例
ここはわかりやすく、パンフレットの時給に従ってみる。
厚生年金加入者101以上の会社で週所定労働時間19時間で半年以上勤務した後、週所定労働時間20時間となり、時給1,016円の被扶養者、国民年金第3号被保険者のAさん(いわゆる被扶養者である配偶者)
※前置き 尚、所得税、住民税、雇用保険料は手取りの計算上考慮しない。また、社会保険料は標準報酬月額をもとに算出されるが、健康保険料と介護保険料は、例えば協会けんぽであっても都道府県ごとに率が違う。しかし、標準報酬月額について説明したり、率を変えたら話がわかりにくくなるので、標準報酬月額でなく年収の金額で計算したもので、保険料率は15%として計算する。
Aさんの年収、月収
年収 1,016円×20時間×52週(1年間は52週間)=1,056,640円…①
月給 1,016円×20時間×52週÷12か月=88,053円
Aさんは月収88,000円以上かつ週といういわゆる年収106万円の壁を突破したので、社会保険料の負担義務が生じます。
そうなると手取り額は下記のとおりとなります。
1,056,640円×85%=898,144円…②
①-②=158,496円
余計に働いた、または時給があがりすぎたために、手取りが減ってしまった。これではAさんは社会保険加入から逃れるために労働時間を減らす対策をとる。例えば週の所定労働を19時間とすれば、
1,016円×19×52=1,003,808円…③
③の場合、働く時間が1週間で1時間減ったのにも関わらず、②の手取り額より増える。働きすぎて手取りが減るなんておかしい。だから労働時間を制限するわけ。これが、年収106万円の壁。
しかし、労働時間が減っては人手不足が解消しないし、既婚女性の労働時間を、社会進出をこの年収の壁のせいで制限してしまっている!と問題視されているわけ。
そこでこの【手当等支給メニュー】が打ち出した対策は、ならば社会保険料15%分を賃金上昇させればいいじゃない?という対策。そして、その社会保険料15%分の賃金上昇分に社会保険料に上乗せしないようにする。
1,016×1.15=1168.4→ 1,169円×20×52=1,215,760円…④
1,016×1.00×20×52×15%=158,496円…⑤
⑥=④‐⑤=1,057,264円…①とほぼ同じ
これだと新しい手取り額⑥は社会保険料の負担がない手取り額①とほぼ同額になります。手取りが減る、という意味での年収の壁は突破した、という論法。
ただ、この案だけだと会社からは当然文句がでる。年収の壁突破のための手取り額の減る分を、会社に負担を押し付けて何が年収の壁解消だよ、と。そもそも、会社にとってみれば、労働者が健康保険と厚生年金に入ろうが入らまいが、それは労働の対価ではないし、会社の利益には貢献しないよ、と。
そこで、その会社用に、助成金を出すことになった。それが【手取り等支給メニュー】。
わかりやすく1年間だけの金額でみると、このメニューの場合の助成金の金額は、
100,000円×2回=200,000円…⑧ (大企業の場合75,000円×2=150,000円)
Aさんの賃金の増加額は
1,215,760円-1,056,640円=159,120円…⑨
賃金上昇額より多い助成金だし、大企業でも9,000円足りないぐらいですので助成金としては充分なのではないでしょうか?
事業主の負担増①賃金上昇分+社会保険料会社負担分+α>助成金
さて、この説明でなるほどそうか、と思った方。それは間違いである。企業側の社会保険料負担を忘れている。
まず、社会保険料の会社負担がある。社会保険適用促進手当分の負担はないが、通常分の負担がなくなるとはいっていない。
よって賃金上昇に伴う賃金負担と社会保険料負担は、
159,120+158,496=317,616円となる。助成金額200,000円より負担は多く、中小企業の場合は助成率63%ぐらい。
助成金なんだから、全額だと補填になってしまうだろう?という意見もあるだろう。だが、3年目、4年目になったらどうだろうか。会社としては、助成金が増えたとしても、金銭負担は増えるのである。
それに、この負担額には労災保険料、雇用保険料は一切計算に入れていない。割増賃金の単価も増える。そのことを忘れずに。
事業主の負担増②社会保険適用促進手当にかかる事務負担
社会保険適用促進手当は、最大2年間しか使えない。そのために、その手当の項目を増やさないといけない。給料システムの改定、就業規則・賃金規程の改定、賃金台帳の改定とやることは沢山だ。たかだか2年間のために。
なおこれらの事務負担にかかった経費の助成はない。
さらに、標準報酬月104,000万円以下(月収107,000円未満の人)が対象で、月収107,000円以上の人は、月収で15%を引いても109万円以上となり、年収106万円以上あるのでこの手当の対象外である。
さらに、社会保険適用促進手当を支払ったとしても、この助成金が使えるわけではない。助成金は令和8年3月31日までの限定だからだ。
人数が少ない会社ならば、手直しで対応可能かもしれないが、103万円の壁は何度も繰り返すが、厚生年金加入者が常用101人以上。この手当目当ての会社はかなり限られるのではないか。
事業主の負担増③従業員の公平性
社会保険適用促進手当を使って賃金をあげても、使えるのは令和5年10月以降に新たに社会保険の適用となる労働者だけだ。それより前に社会保険に加入していた人に使っても助成金がでない。助成金がでる人だけを対象にしたら、それより前に加入した人からは必ず文句がでるし、公平性がない。というわけで助成金が出ない人も賃金を上げざるをえない。つまり金銭負担が増える。
事業主の負担増④税金計算、労働保険料負担は増える
社会保険適用促進手当は税金計算、労働保険料には加算しないといけない。残業代にはこの手当を加えて計算する。つまり金銭負担増、賃金計算の事務負担増である。
事業主の負担増④賃金を15%あげることの大変さ
最低賃金は県別でみても去年の値上げは5%超が最高だ。キャリアアップ助成金の正社員化コースでも賃金増加率は3%以上だ。人件費15%以上の増加がどれだけ大変か。しかも助成金は令和8年3月末までの期間限定。さらにパンフレットでは「社会保険促進適用手当をなくしても不利益変更ではない」といっているが、賃金を下げても法的に問題がないのか?従業員は退職しないか?おそらく下げられまい。
尚、パンフレットでは賃上げ5%でもよいような表現があったりするが、あの5%には【社会保険適用促進手当】分が含まれていないので注意。
落とし穴 2年目以降は3年目とセット
2年目以降のやり方がとてつもなくわかりづらいさがはんぱないって。
ただ、ガイドブックをみるに2年目以降も手当等を15%以上引き続き上げる場合で、2年目(3期、4期)を受給しようとする場合は、3年目に社会保険適用促進手当を除いて賃金(基本給)を18%上げる必要があると思われる。
それで3期分で30万円。1期目も大変だが、2期目、3期目の大変さははんぱないって。
そして、では2年目(3期目、4期目)の手当15%アップを継続するのではなく、2年目に5期目に相当する基本給18%アップをすることも可能で、その場合は3期目に30万円受給できるそうだ。
ちょっと何を言っているのか、自分でもよくわからない。
労働者の視点 特に問題はないが、社会保険に加入せずに賃上げするほうが手取りが増える。
賃金アップで社会保険料負担分をカバーし、手取り額が増えるのならば、労働者にとってはあえて反対することはないだろう。割増賃金も増える。社会保険に入ったタイミングで賃金アップするかしないかが変わる場合は、労働者間で不公平となり、社内がギスギスするかもしれないが、助成金がでなくとも全労働者間の賃金をアップしてもらえるならば、これも問題はない。
結論 事業主には負担が増えるだけでメリットがない。人材確保ならば、扶養の範囲内で賃上げした方が労使双方にとってよい。
以上の計算のとおり、単に社会保険料の労働者負担分を賃金で賄おうとすれば、事業主負担がきつすぎる。しかも助成金の対象者は限られる。勿論、対象者が15%の賃金増加するに値する労働者ばかりの会社などは別である。
私見だが一言でまとめると、社会保険に加入させるにしてもこのメニューを選ぶ会社はまれだと思う。労働者から見たら、所定労働時間も増えずに賃金が15%もアップ、3年目は18%もアップもしてもらえるこっちの方が良いと感じる人もいるかもしれないが、事業主にはメリットが殆どない。しかも助成金は2年限定で金銭負担は一気に増える。人手確保のために賃上げするならば、社会保険に加入しない範囲で賃上げした方が労働者にとっては手取りが増えるので、労使双方、この助成金を使って社会保険に入るメリットはない。
私が経営者ならば、経営者にアドバイスするならば、このメニューは使わない。
労働時間延長メニュー
短時間労働者延長コースとの違いを説明するのが難儀だなあと思っていたところ、短時間延長メニューが令和6年3月末で廃止になった。わかりやすくなったといえば聞こえがいいが、もともと短時間延長メニューは利用が少なかったと聞いたことがある。YouTube動画で解説しているのが残っていたらご覧になったらいい。「ない」の一言で終わっているから。ただ、短時間労働者延長コースより助成金の金額は増えているし、手当等支給メニューよりはましだとは思う。以下、説明。
具体的な計算例
4つの区分があるが、2つを例にあげる。
時給1000円、週実労働時間20時間Aさんの場合
①週所定労働時間を週所定労働時間4時間あげて24時間にした場合
前 1,000円×20時間×52週=1,040,000円…①
後 1,000円×24時間×52週=1,248,000円…②
月収が1,000×24×52÷12=104,000円と年収の壁を突破したため、社会保険料の加入義務が生じる。
1,248,000円×85%=1,060,800円…③
4時間増やしたことで、手取りは減らずに済む。
仮に週所定労働時間を3時間増やした場合だと
1,000円×23×52×85%=1,016,600円となり、①の手取りより減ってしまう。基本給(時給)が同額で社会保険に加入した場合、手取り額を減らさないためには、週4時間以上の延長が必要となるということである。
この場合、会社の負担は以下のとおり。
賃金負担 時給が同じなので実質負担増ではない
社会保険料負担 1,248,000円×15%=187,200円…⑤
助成金は30万円(大企業は22.5万円)で、賃金は実際に働いた分であるから、負担増といえば社会保険料会社負担分だけともいえるので、助成金で賄えているともいえる。
②週所定労働時間を3時間増やして、賃金を5%上げた場合
上記の計算の通り、所定労働時間を3時間増やしただけでは社会保険加入後の手取りは減ってしまう。では賃金を5%アップした場合はというと…
後 1,000×1.05×23×52=1,255,800円
この場合も106万円の年収の壁を突破したので手取り額は
1,255,800円×85%=1,067,430円…⑥
①の手取り額よりは減らない形となる。
この場合の会社負担は、
賃金負担 50円×3時間×52週=7,800円
社会保険料会社負担 1,255,800円×15%=188,370円
助成金30万円で賄える。
①②から、所定労働時間の延長時間と賃金アップ率の組み合わせは、手取り額が減らずに済む時間と賃金アップはどれくらいかということで決まっているようである。
賃金10%アップ、15%アップはもう手当等支給メニューに近いので省略。というか、15%も基本給をあげるのに、こちらのコース使う会社があるのだろうか?
労働者の負担 労働時間が増えても手取りはほぼ同じ。ならば実質時給が減る。
上記の計算の通り、所定労働時間が4時間アップで賃金が同じであったら、同じ手取りで労働時間が伸びただけともいえる。手取りを時給換算にすれば時給が下がるに等しい。それでも社会保険に加入するメリットを感じるかどうか。
流石に実質的に時給が減ると労働者にとっては不利なので、会社も実質の時給がへらないように賃上げを検討せざるをえないだろう。それでは手当等支給メニューと結論が変わらない。
会社側の負担① そんなに都合よく所定労働時間が伸ばせるか
助成金が貰えるといっても、そんなに都合よく所定労働時間を延ばす必要性があるかどうか。今の所定労働時間には仕事上の根拠があるはず。
会社側の負担② 助成金は1回限り。かつ、賃金アップは基本給
労働時間延長メニューは1回限りの助成金。つまり、上記の計算では2年目以降は負担増である。果たして、その労働時間延長の価値があるか。パンフレットの活用例で、2年目以降は正社員化コースを案内しているのはその証拠で、2年目以降は正社員化したらと案内していると同時に、正社員化しないと負担増になるよ、という意味でもある。
リスク 所定労働時間の比較ではなく、実労働時間と所定労働時間の比較
よく読むと、社会保険加入前の労働時間は”所定”ではなく”実”である。例えば所定労働時間が20時間といっても、人手不足でシフトが埋まらないという理由で実労働は週30時間になっているというケースはよくあると思う。これを3か月続けると、年金事務所から社会保険に加入しなさいといわれる。となると、もう所定労働時間も30時間にかえてしまって、この助成金を貰おうと考えるかもしれない。
だが、それでは実際の労働時間が延長されていないのに助成金だけ受け取れることになってしまう。だから、加入前は”所定”労働ではなく”実”労働で比較するということであろう。
例としては悪い例を挙げたが、この”実”は意外と曲者で、所定労働時間よりも実労働時間が増えている会社は気を付けたほうがいい。支給要件を満たさず、不支給になるかもしれない。不支給になったからと言って、所定労働時間はもとに戻せないし、社会保険加入をないしにすることはできない。どうやって比較するか確認して、不支給になる可能性があるかをを考慮してから実施されることを薦める。
尚、パンフレットでは300万円を超える金額の助成金の紹介があるが、あれの内訳の殆どが賃金規定等改定コース分が殆どである。要するに、他のコースの方を利用した方が良い、と言っているようなものである。また、賃金規定等改定コースを獲得するのはこのコースより遥かに難しい。
併用メニュー
併用?手当をあげて、所定労働時間もあげるということ?だと一瞬思う。
違う、違う、そうじゃない♪
これはそういう両方するという意味ではなく、手当等支給メニューの2年目の難易度から、1年で辞めた後に、だったら2年目に【労働時間延長メニュー】を使っても助成金を上げるよ、ということである。
もっと踏み込んで説明する。
1年目に【手当等支給メニュー】を選んだとする。手当等支給メニューの2年目(3期、4期)は、上記の説明の通り、3年目(5期)の基本給18%アップが必要になってくるから会社の負担率が高すぎるし期間も長いのでやめておこう、という会社の場合、では2年目は【手当等支給メニュー】ではなく、【労働時間延長メニュー】を選べば、助成金額30万円となり、1年目と2年目の合計で50万円となる。この金額は【手当等支給メニュー】の3年間50万円と同じである。あら、すごい。
尚、これ以外の組み合わせ、併用は認められていないようだ。
問題点
手当等支給メニューの2年目以降は助成金も同額になるのでこっちもありかと思うが、この難しい制度を2つともやるのかい?と私は思う。
支給要領から推測するこのコースの疑問点
最後に、どのメニュー共通の事柄について、いくつか。
対象労働者は限定されている
支給要領から引用する。
6003 対象労働者 以下のイからホまでのいずれにも該当する労働者であること。
イ 週所定労働時間を延長した日 又は 新たに社会保険の被保険者とした日のいずれか早い方の日の前日から起算して6か月前の日から継続して、支給対象事業主に雇用されている有期雇用労働者等であること。
要するに、社会保険加入日か労働時間延長メニューのために所定労働時間を延ばす前のどちらか早い日の半年前には雇用している労働者でないといけない。
要するに、正社員、はじめから社会保険に加入する労働条件であった有期雇用労働者等、入社して半年経過せずに社会保険に入った有期雇用労働者等は対象外。社会保険に加入義務のない労働条件で半年以上働くことが必要となる。
ハ 社会保険の適用日の前日から起算して過去6か月間、社会保険の適用要件を満たしていなかった者であって、かつ支給対象事業主の事業所において過去2年以内に社会保険に加入していなかった者であること。
当たり前だが、社会保険料を支払う義務があったのに半年間支払いを怠っていた場合は対象外である。
”かつ”以降についてだが、
いったん社会保険に入っていたが、何らかの事情があり労働時間を短くして社会保険の対象から外れていた人を再び社会保険に加入する場合も、その間が2年開いていないとダメである。
何らかの事情と書いたが、106万円の壁に気づいて社会保険から抜けていた人が、助成金で負担してもらえるからといって、再び社会保険に加入する労働条件で働きはじめた場合も、2年あいていないとダメである。
2年開いているということは、この助成金の期間が限定的なので、このコースが始まる前に慌てて社会保険から抜けて、再度入り直すというやり方は、令和6年度に入った今ではもう対象外になる、ということだろう。
事業主向けQ&A
Q5-3
既に社会保険に加入している従業員は、今回の助成金の対象となりますか。
(答) 1 令和5年(2023年)10月以降に社会保険(被用者保険)の資格を新たに取得した労働者が対象のため、同年9月以前にすでに資格を取得している場合は、今回のキャリアアップ助成金の社会保険適用時処遇改善コースの支給対象になりません。
上記のQ&Aと、下記の支給要領の概要より、社会保険に新たに加入する有期雇用労働者の期限は、令和5年10月1日~令和8年3月31日までの間となる。
6001 概要
雇用する有期雇用労働者等について、新たに社会保険の被保険者(※1)要件を満たしたことをもって社会保険の被保険者となった際に、いわゆる年収の壁を意識せず働くことのできるよう賃金総額を増加させる措置(手当支給・賃上げ・労働時間延長)を講じること、又は週所定労働時間を4時間以上延長する等の措置を講じ、これによって新たに社会保険の被保険者要件を満たし、社会保険に適用させること(※2)(※3)。
※1 健康保険法による健康保険の被保険者又は厚生年金保険法による厚生年金保険の被保険者をいう。
※2 いずれも、令和8年3月31日までに新たに社会保険に適用させた場合に限り助成する。
※3 最低賃金法(昭和34年法律第137号)第14条及び第19条に定める最低賃金の効力が生じた日以後に賃金規定等を増額した場合、当該最低賃金に達するまでの増額分は含めない(2年目以降の措置を除く。)。
※1は、”又は”が重要。というのも、この両方を満たさない会社や労働者がいるからである。
※3は、最低賃金上昇の効力が発生したことにより賃金がアップした場合はその増額分は賃金アップに含めない。
例えば最低賃金が時給1000円で、対象労働者の時給も1000円の場合。次の年の最低賃金の改定により最低賃金が1050円になったとする。そのため時給を1050円にしたとしても、50円アップと取り扱わないということである。ただ”効力が生じた日以後”なので、10月1日から改定という場合に、8月、9月の報道を見て最低賃金を予測し9月1日から1050円にアップしていた場合は対象となりうる。9月30日が認められるかは不明。
支給要領に【社会保険適用促進手当】の文言はない
【手当等支給メニュー】は手当等で給料の15%以上のアップをさせる必要があるが、この15%アップの方法は【社会保険適用促進手当】である必要はない。どんな名称の手当でもよいし、基本給でもよいし、一時金(但し6か月間の間)でも良い。
つまり、【社会保険適用促進手当】は、助成金上では賃金アップの手段のひとつであって、この名称を使用する義務もない。
何が言いたいかというと、別にキャリアアップ助成金の【手当等支給メニュー】を使うにあたって、【社会保険適用促進手当】を用いる必要がない、ということである。そして【社会保険適用促進手当】の質問をしても、年金事務所に聞いてくれ、と言われるであろう。なぜなら、社会保険料の金額を決めるのは、年金事務所(日本年金機構)、各健康保険の保険者であって、労働局のキャリアアップ助成金担当部署ではないのだから。
逆をいえば、このキャリアアップ助成金の申請をしなくても、要件さえあえば【社会保険適用促進手当】を使ってもいいともいえる。
尚、所得税、住民税、雇用保険料、労働保険料の算出の際は、社会保険適用促進手当を含んで計算する。そして、社会保険適用促進手当が使える会社、労働者も使用できる期間も、この助成金が対象とする期間、会社、労働者とはイコールではない。
上記の言っていることは伝わっただろうか?
支給要領に【年収106万円の壁用】とは書いていない
これも上記と似たような話になるが、別に年収106万円の壁がある【特定適用事業所】限定とは支給要領には一言も書いていないようだ。つまり年収如何に関わらず、社会保険未加入で雇われてから半年以上経過した後に、賃金上昇や所定労働時間の増加を理由にして、社会保険加入義務が発生した場合が対象なのであって、年収106万円、130万円とは一言も書いていない。尚、【特定適用事業所】以外で働いている人は、年収130万円を超えても所定労働時間が、正社員の3/4以上でなければ、健康保険、厚生年金保険に加入する義務は生じないが、年収から配偶者の扶養からは外れる。この場合どうなるかというと、被扶養者であった人は、市町村国保と国民年金第1号被保険者となる。これは労働者にとって最悪の状態である。なにせ、上記の場合、会社負担もないばかりか、健康保険のメリットである傷病手当金も、厚生年金も受け取れない。国民年金1号と3号の違いは、月400円の付加保険料ぐらいしかない。付加保険料がなければ、保険料の支払いがあるのとないのとの違いがあるのに受給額は同じである。
話が脱線してしまったが、要するに年収の壁というのは、そんなホームページに書かれているぐらいの簡単に理解できるものではないということである。
まとめ:この助成金で年収の壁を突破できるとは思えない
ここまで文句を書いておいてなんだが、では、利用しない方がいいのか?といわれるとYESではない。労働者の希望に沿おうとする会社にとっては利用価値があるからである。
世の中には、今はフルタイムで働けないが、将来に備えて社会保険に入ることを希望する、今は扶養に入っている有期雇用労働者がいる。
そして会社から見ても、正社員は非正規と違って転勤、配置転換があり、また仕事内容と責任が違うからなどの理由で、正社員としては雇えないが、社会保険に入りたいなら入ってもいいから、そのまま継続して働いてほしい有期雇用契約労働者がいる会社もある。
だから、この助成金は必要ない、とはいえない。
ただ、この助成金は、社会保険に加入したい有期雇用労働者と、有期雇用労働者という身分のままで、新たに社会保険加入することを認める会社には使えるかもしれないが、それはこの助成金があってもなくても、その対応をとるつもりだった会社ということ。あったからラッキーということ。
つまり、この助成金があるから社会保険に入ろうとは思う人はまれだろうし、とてもこの助成金をもって年収の壁の突破とはいえないのではないだろうか?というのが私の意見である。
1万字を超えたので、これにてお開き。補足として後編に続く。