けーせらーせらー

仕事、メンタル、労働法、転職、書評に関するエトセトラ

今年の振り返り②~プライベート編~

今年の振り返り。2回目はプライベート編。といっても身バレしないように書く。

異動

令和5年4月に異動した。異動したといっても同じ市町村内の支店を異動しただけで引っ越しをしていない。

4月頃はかなり戸惑った。なにかというと固定電話の出方。まさか40歳過ぎにもなって電話の出方に苦労するとは思わなかったのだ。今の支店の固定電話は今まで見たことがないボタンが多く使い方がわからないのである。といってもマニュアルさえあればすぐに対応できるのだが、そのマニュアルがない。電話だけではない。基本業務のマニュアル自体がその支店には殆どなかったのだ。社用車、レンタカーの使い方などなど基本業務のほとんどにマニュアルがない。しかも誰に聞いたらいいのかさえわからない。新設した場所以外でこんな支店は初めてだ。不親切極まりない。

これだけ書くと中途採用や異動してきた人がよく辞めないな、と思うだろうが、それがこの支店の離職率は低いらしい。その理由の一つはこのマニュアルがないのもあり逆に基本的なことで失敗しても殆ど怒られないのである。周りの人ももかつて同じ苦労だったからだろう。組織の在り方としてはどうかと思うが、職場内で怒らない社風(この場合は支店の風土)は、それはそれでアリなのかもしれない。

親の入院

両親は75歳を超えており、何も入院は初めてではない。だが今年の入院は違った。肺に関する病で入院したのだが、新型コロナウイルスが夏場に流行したようで、肺に関わる患者に対しては病院が厳戒態勢を引いていた。飲み物を配らないし、飲み物を飲める場所は会話スペースがあるので封鎖されている。よって飲み物は自販機で自分で買ってくるしかないが、そこは入院患者は行けない仕様。よって飲み物の差し入れのために何度も仕事帰りや休日に見舞いに行った。15分に制限された見舞い時間のために片道〇分も時間をかけて。今年の夏は暑さで地獄だった。体力がかなり削られた。

親は病気でも弱っていたが、むしろ精神的に弱っていた。前は同じ病棟の人と話したり、病院内を歩くことで気が紛れたのであろうが、部屋とトイレ以外は移動禁止。会話も禁止。看護師や医師さえも話も殆どできない。理由はもちろん新型コロナウイルス。日常生活はコロナ禍から解放された年でもあったが入院は別。入院患者が新型コロナウイルスにかかればリスクは高い。

私も参った。なにせ医者や看護師と話せないのである。話せないと現状がわからない。今までだったら話せたので病状がある程度理解できるので心の準備ができるが、話せないことで先がわからない。先がわからないことがこれほどストレスになるととは思わなかった。

コロナ禍中、メンタルケアに配慮することを訴えていた人もいたがこれは確実に正しいことだと身をもって実感している。

ちなみに親は暑い夏が過ぎた後に退院した。年も年なので衰えてはきたが、体重も戻り今は普通の生活をしている。

家の屋根の工事

今年の11月末から12月中旬まで家の屋根の工事をした。屋根が傷み破損する恐れがあったからで必要な工事であった。

この必要な工事で私はかなりのストレスをためることになった。12月中旬には疲労でダウンしかけたぐらいだ。

1つは車の駐車だ。工事業者が朝8時から家の駐車場に駐車してくる。うちの駐車場の出入り口は工事業者が止めると私の車は出たり入ったりできない形をしている。私そのため朝工事業者のために朝8時には出勤する羽目になった。早い時は朝7時台に駐車場に入ってくる。あわてて準備し、そして会社の駐車場で始業時間まで寒い中過ごす羽目になった。

また工事は夜遅くまでやっていた。よって車で家に入ろうとしてもまだ工事の車がいて駐車できない。よって帰るまで、路駐か他人の土地で空くのを待っていた。

有給休暇をとって午前中でかけた時もそうだ。工事業者が帰るまで用もない店で待っていた。

2つ目は隣の家への影響だ。うちは隣と仲が悪い。一応挨拶はしたが、3週間もの間騒音でうるさいし、ペンキ臭いし、ごみは飛ばすし、隣が怒ってこないか落ち着かなかった。

3つ目はいつ終わるかわからないことだ。実物を見ないとわからないと言われていた。

これが3週間続いたことでストレスと疲労がかなり溜まった。朝早い時間から来るかどうか伺いながら準備をし、家に帰りたくても帰れない。仕事中でも隣は文句をいってこないか、心配で心労が溜まった。

だが私の気苦労は親の理解も得られなかった。車は他人の土地に止めさせておけばよいし、隣はお互い様。何を気にしているのだ、と言われた。

いくつになっても「よい子」だから気にするのだといわれた。

これがとてつもないストレスであった。別に工事業者は予定通りに来て年内に終わらせるために遅くまでいたという理由はわかっている。工事業者は今のところ何も悪くない。

そう、この相手が悪くないからといって自分が気を使うこと、他人の土地に車を勝手に止めることにストレスが溜まったのだ。他人の土地を勝手に使うことを気に止める行為を「いい子」とさも私が悪いことのように取られられることにひどく心を痛めた。

正直、この出来事が私の今年のストレスの№1だった。仕事や親の入院などは、致し方ないこととある程度は割り切れたが、この工事のストレスだけは自分で対処する方法が見つけられなかった。

ちょっと考えてみたが、結局以下のことが私の心から離れないからだろう。

「他人に迷惑をかけてはいけません」

これが子供のころからの教育の賜物だ。人間気づかないうちに他人に迷惑をかけてしまうことはあるだろう。それは理解できる。しかし、わかっていながら迷惑をかける行為が私にはどうしてもできない。迷惑をかけられる神経の方が生きる上で重要なのに。わかっていても、まだ自分の中で消化できない。なぜ、無神経に迷惑をかける人間の方がストレスがかからず楽しく生きられるのだと。

そして気づくのだ。私が路駐、用もない店で駐車して放置することができないことに。20代の頃、友達の運転でコンサートを見に東京に行ったとき、友達は平気で用もないコンビニで駐車していたことに。私は気がかりでコンサートに全然集中できなかった。

たしかに「よい子」だ。なぜ「よい子」が生きづらいか。なぜ怖いか。自分が100%悪いとわかっている罪悪感に心が押しつぶされるからだ。

これが私のストレスのひとつなのだ。他人に迷惑をかける悪いことと予めわかっている場合それができない「よい子ちゃん」である、それが私だと認めることから始めるしかない。