- 割増賃金計算を間違える理由
- 「割増賃金」とは何か?
- 「賃金」の定義
- 割増賃金の算定根拠とならない賃金
- 日給、月給その他支払い方による1時間当たりの計算方法
- 割増賃金の対象となる労働時間、労働日
- 小数点以下の端数処理はどう処理するか
- 不明点 1か月平均所定労働時間はどうやって算出するか?
割増賃金計算を間違える理由
さて今回、割増賃金をとりあげたのは、私が計算を間違えたことがあるからである。
なぜ間違えたか?
私の場合は「前例を踏襲」したからである。
過去の担当者のマニュアルに従い、また賃金計算システムにそのまま数字を打ち込んで算出していてその間違いに気づけなかった。割増賃金の計算方法自体は昭和20年代からほとんど変わっていないはず。そこに過信があった。
間違えた理由は以下の3つだ。
- 後から創設され追加された手当
- 支払ったり、支払われなかった手当
- 休日が増えた結果変更された1か月平均所定労働時間
- 所定労働時間外に社外で働いていた時間
これらを割増賃金の計算に反映させずに間違えた。
割増賃金の計算自体は労務関係の知識としてはそれほど難しくないし、だいぶ前に覚えていたことである。だからこそ過信、慢心する。
尚、これまで経験上他の会社の給料計算をみたことがあるが、割増賃金を間違えていた会社が結構あったりする。ほぼ上記の3つが理由だ。
そんなミスを犯した私がどの口でいうかという話だが、ここはひとつ改めて見て行こう。尚、繰り返すが文章の中身の正確性は保証できないのでそこはご了承いただきたい。間違えがあれば逐次修正していく。
「割増賃金」とは何か?
法定労働時間以上働いた場合、”通常支払われる賃金”から割増した金額が支払われる、その時の賃金のことをいう。この”通常”で誤解しやすいが、この説明は後述する。
以下時給制、月給制の場合をみていく。
①時給1000円、他の手当等はない場合
例えば法定労働時間外労働を2時間したという場合は、以下の通り簡単に算出できる。
1000円×1.25=1250円×2=2,500円
②月給制 基本給200,000円、他の手当等はない場合
200,000円÷1か月平均所定労働時間×1.25×法定労働時間、となる。
さてまずここでツッコミが入る人、入らない人がいると思う。おい、「1か月平均所定労働時間」の「平均」というのは何か?と。
月給÷その月の労働日数(当月は22日だが他の月21日、20日とかがある場合)では計算するのは間違いである。その理由は後で説明する。
「賃金」の定義
まずベースとなる「賃金」についておさらい。尚、労働基準法上の「賃金」とは何か。
労働基準法第11条で「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の代償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と定義されている。
名称はこだわらない。賞与も含まれる。そして「労働の代償」として「使用者」が支払われるもの、これがポイント。よって以下のものは「賃金」には該当しない。
- 1 使用者が支払わないもの
- 2 労働の代償でなく、①任意的・恩恵的・②福利厚生的なもの
- 3 労働の代償でなく、実質弁償的なもの
- 4 労働の代償でないその他のもの
上記の具体例は次のとおり (カッコ書きは賃金扱いになるもの)
1…お客が払うチップ(使用者が集めて再分配したものは賃金)
2①任意的・恩恵的…結婚祝金、死亡弔慰金、災害見舞金、退職金(就業規則等で支払条件が明確になっているものは賃金)
2②福利厚生的なもの…住宅の貸与(寮・社宅)、食事の供与、生命保険料の補助(昼食代として一定額支給するものは賃金、労働者が負担すべき所得税、社会保険料等を事業主が労働者に代わって負担する場合は、その負担分は賃金)
赤字で書いたが、食事の供与は「賃金にならない」が昼食代として金銭を一定額支払う場合は「賃金である」
3制服、作業服等業務上必要な被服の貸与、出張旅費、出張手当など(通勤手当は支給基準が定められている限り賃金)
4解雇予告手当、休業補償費
ざっくりいえば
「労働の代償」かどうか
労働の代償でなくても固定化したり、肩代わりしたら「賃金」になる。
尚上記は法令等で例示されている。よって、基本給だけでなく労働者に支払われたものはどんな名称の手当であろうとも、「労働の代償」と支払うのならば賃金である。尚、これをみると「退職金」という名称だけでは賃金にならないが、退職金規定があるから「賃金」になる?という解釈になる。
尚、念のため補足しておくが、上記はあくまで「労働基準法」上の賃金であって、他の法律による「給与」「報酬」とは一致しないものもある。労働基準法上の賃金扱いでなくても、所得税がかかる場合もある。
割増賃金の算定根拠とならない賃金
割増賃金の算定根拠は上記の「賃金」から計算される。ただし、労働基準法37条5項と労働基準法施行規則21条により下記の賃金は割増賃金の基礎となる賃金には算入しない。
- ①家族手当(扶養手当、生活手当等)
- ②通勤手当
- ③別居手当(単身赴任手当)
- ④住宅手当
- ⑤子女教育手当
- ⑥住宅手当
- ⑦臨時に支払われた賃金
- ⑧1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
尚、上記の手当であっても、労働者に一律の定額で支払われる場合は除外できない。住宅手当を一律1人1万円支給する場合などである。
また、⑦については結婚手当、私傷病手当、退職手当などの臨時的・突発的事由により支払われるもので、その支給事由の発生が不確定で、かつ極めてまれに発生するものである。
⑧については、賞与、1か月を超える期間についての精勤手当などである。3か月に1回支払われる賞与は対象だよ、と言っている人がいたが、それは社会保険料を計算するときのことであって割増賃金とは違う。但し、年俸制の場合は割増賃金の基礎に含まれる可能性がある。
これらの除外手当は限定列挙であり、逆をいえば、上記に該当しないものは「賃金」はすべて割増賃金のベースに含める。
たとえば毎月支払われる皆勤手当、調整給、特別手当、休日出勤手当(割増賃金ではない)、早朝手当、禁煙手当、生産手当などなど、あらゆる手当が対象となる。最近、介護・保育で「処遇改善加算手当」という名称で賃金の上乗せが支払われているがこれも毎月支払われれば当然除外できない。理由は簡単、限定列挙に含まれていない手当だからである。
⑦臨時に支払われる手当を誤解している人がいる。月ごとに支払ったり支払わなかったりする手当はこの⑦に含まれると解釈している人である。
⑦に含まれるかどうかは賃金規程などで定義すれば対応可能と思っている人もいるらしいが、それも間違いであろう。
以下引用。
50452(2)「臨時に支払われる賃金」の意義 「臨時に支払われる賃金」とは、支給事由の性格が臨時的であるもの及び支給事由の発生が臨時的、すなわち、まれであるかあるいは不確定であるものをいう。
名称の如何にかかわらず、これに 該当しないものは臨時に支払われる賃金とはみなさない。
したがって、例えば大入袋又は業績手当等の名称で、事業の利益があった都度支払われる手当は 「臨時に支払われる賃金」に該当する。
日給、月給その他支払い方による1時間当たりの計算方法
最初のところで、月給は1か月平均所定労働時間で割る(法令的には”除する”と表現)と書いた。毎月ごとの所定労働時間でなく平均なのは、労働基準法施行規則19条でそう定められているからである。1時間あたりの計算方法について以下要約抜粋する。
- 時給…その金額
- 日給…その金額を1日の所定労働時間数で除した金額。日によって所定労働時間が異なる場合は、1週間の1日平均所定時間数で除した金額
- 週給…その金額を週における所定労働時間数で除した金額。週により所定労働時間数が異なる場合は、4週間における1週間平均所定労働時間数で除した金額
- 月給…その金額を月における所定労働時間数で除した金額。月により所定労働時間数が異なる場合は、1年間における1か月平均所定労働時間数で除した金額。
- 出来高払(要するに歩合給)その他請負制によって定められた賃金…その賃金算定期間(賃金締切日がある場合には賃金締切期間)において出来高払等によって計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における総労働時間数で除した金額
- 上記の2以上の賃金によりなる場合(要するに、月給+時給、月給+歩合給など)…その部分において各計算方法によりそれぞれ算定した金額の合計額
尚、この計算方はあくまで「割増賃金」における1時間当たりの賃金計算の方法である。欠勤控除をする場合*1や、休業手当を支払う場合とは計算方が異なるので注意されたい。たとえば月に1日休んだ場合、日給月給制の場合、その計算方法は1か月平均所定労働時間をベースにしなさい、という根拠はない。また、最低賃金は月給の場合は「1か月平均所定労働時間」で除する。時給制の人だけ対応して、月給制の人の初任給はそのままだったりすると気付けば最低賃金法違反になっていたりする。気を付けられたい。(最低賃金の計算方はこの記事では省略する)
割増賃金の対象となる労働時間、労働日
労働基準法32条より、現在の法定労働時間の原則は1日8時間、1週40時間労働である。よってこれを超えた労働時間については「法定外時間労働」となり割増賃金の支払対象となる。ただし、これはあくまで原則。変形労働時間制をとっていたり、1週44時間が法定労働時間となる場合がある。原則と例外をまとめて書くとわからなくなるので、この記事では原則の1日8時間、週40時間で話をする。
まず時間外労働について。1日あたり8時間を超えて労働した場合、また1週あたり40時間を超えて労働した場合は割増賃金の支払いが必要である。その割増率は「2割5分以上の率」である。ただし今は長時間労働の規制があり、例えば1か月あたり60時間を超えた場合等は「5割以上の率」で支払う必要がある。これは今業種によって猶予されていたりする場合もあるし、繁忙期とか色々仕組みがややこしくなるので、この記事では基本の「25%」の割増で表現する。尚、2割5分以上なので、会社によって3割支払ったとしても問題ないが、就業規則等で3割割増賃金を支払うと決めた場合は、後で急に勝手に2割5分に戻すことはできない。
次に休日労働について。休日労働の割増率は「3割5分以上」休日は1週1休、4週4休制度である。例えば1週間に2回、具体的には土日休みの場合、土日どちらも休日労働ではなくて、土か日のどちらか法にさだめられた1週1休「休日」である。よって、土日に労働したとしても、土曜日は2割5分、日曜日は3割5分にしても問題ない。
では土日休みの場合、どちらが法に定められた法定休日であるか。この場合就業規則等で定められていた場合はそれに従うが、就業規則で定められていない場合は、調べたところどちらでも良いらしい。法令も行政通知でも特定していないからである。
あと深夜労働の割増というのもある。22時~5時までの間の労働はたとえ管理監督者であろうとも25%割増した賃金を支払う必要がある。
小数点以下の端数処理はどう処理するか
小数点以下の端数処理については、昭和63年3月14日基発150号に以下の端数処理を実施した場合は賃金不払いとして取り扱わない、とされている。
- 1か月における時間外労働時間数の合計…1時間未満の端数がある場合、30分未満の端数を切り捨て、これ以上を1時間に切り上げる
- 1時間あたりの賃金額、割増賃金額…1円未満の端数が生じた場合、50銭未満を切り捨て、これ以上を1円に切り上げる
- 1か月あたりの時間外労働の割増賃金の総額…1円未満の端数が生じた場合、50銭未満を切り捨て、これ以上を切り上げる
上記については、上記の通り四捨五入する処理が認められている。あくまで、四捨五入であり、切り捨てではないので注意。(尚、平均賃金については切り捨てが認められるものがある。)あと、「賃金不払いとして取り扱わない」のであって、この方法で計算しなさい、ではない。
尚、同じ基発150号にて、就業規則に規定がある場合は下記のような処理も法律違反として取り扱われない。
- 1か月の賃金支払い額で100円未満の端数が生じた場合に、50円未満の端数を切り捨て、これ以上を切り上げて支払う
- 1,000円未満の端数を翌月の賃金支払日に繰り越して支払う
不明点 1か月平均所定労働時間はどうやって算出するか?
さてこれからはどちらかというと自信がない事柄について。
1か月平均所定労働時間はどうやって算出するか計算式を考えていく。原則的には以下のような計算式になる。
(年間日数-休日)×所定労働時間÷12か月
具体的に週休完全2日制、祝日は休みでない会社の場合の数字を入れてみるとこうなる。
(365日①‐105日②)×8時間③÷12か月=173.33333…時間④
または週40時間労働×52週÷12か月=173.333…時間
さてこの数字、いくつか疑問がでてくる。以下、根拠となる法令や行政文書が見つからなかった案件。専門書からの転載も多いが根拠規定がないため、ここから私見が入る。
①365日or366日か?そもそも1年間はいつが起算日になるのか
今年は閏年。2月29日があり、年間日数は366日となる。さてこの1年間というのはいつから起算するのか?
調べたところ、法令にも行政通達にも見つけられなかった。ただ、調べていくうちにどうやら起算日をいつにするかは会社の判断による模様。つまり1月1日から、4月1日から、決算日の次から(例えば8月決算なら9月1日)と、どれでも良いらしい。但し、年間カレンダー等で公にしておく必要がありそう。つまり、今年は1月1日から、とか、4月1日から、とか毎年変えるのはダメということ。例えば祝日が休日の会社の場合、曜日の関係で年間休日は微妙に異なる。だから都合の良い期間を毎年毎年選ぶのはダメということになる。つまり、令和6年1月1日を起算日とする会社は今年に関しては366日で計算する。
②年間休日はどうやって決めるか
休日というのは、本来就業規則で定めておくべきもの。ただ、就業規則には「会社が指定する日」という規定も存在したりする。よってこの場合「年間カレンダー」を作成しておいて労働者に知らせておく必要がある。これは、助成金関連の添付資料で年間カレンダーを添付するようになっていることから作っておくべきものだろうと推測できる。
③所定労働時間が毎日違う場合はどうすればよいか
この場合はそれぞれの日の労働時間を決めて、1年間の総労働時間数をはじき出さないといけないだろう。その数字を12で割って「1か月平均所定労働時間数」をはじきだす。
④1か月所定労働時間数が端数になった場合の端数処理
上記のような計算をしたところ「1か月平均所定労働時間数」が小数点以下になった。この場合の小数点以下の処理はどうすればよいか?
これも調べたがはっきりとした答えは見つからなかった。ただいくつか専門家の意見を見て参考に算出してみた。月給200,000円として計算し、1時間当たりの金額の1円未満は四捨五入して計算している。
- 小数点以下切捨して173Hにする
(200,000÷173=1156円) - 平均賃金のように小数点第3位(銭未満)を切り捨てして173.33Hで計算する
(200,000÷173.33=1154円) - そのまま計算していって1円未満を四捨五入する
(200,000÷(40×52÷12)=1154円)
正直1円単位の差であるから定義していないのかもしれない。
尚、私の過去の記憶ではこの計算を安易に22日×8時間=176時間で計算している(週5日×52週÷12か月=21.666…日→四捨五入して22日)会社があったが、週40時間労働の場合、どうやっても1か月平均は176時間未満。このような四捨五入をして労働者に不利となる場合、賃金不足と判断される恐れがあると私は思っている。まあ現実的には数円の違いだからどうするかと言われると何ともいえない。
では計算方を上記のように毎年変えるのは面倒という場合はどうすればよいか?上記の意見の裏返しになるが、調べた判例で以下の表現がある。
「労基法は一定額以上の割増賃金の支払いを命じているだけで、法が定める計算方式まで強制するものではないので、法定の割増賃金に代えて一定額の手当を支払うことも、法所定の計算による割増賃金を下回らないかぎりは適法である(関西ソニー販売事件―大阪地判昭63・10・26)」
判例の趣旨と異なるかもしれないが、法律に定める以上の割増賃金を支払えば、労働基準法違反に問われることはない、と考えられる。また、法律以上の割増賃金を払うならば計算方法は自由とも読み取れる。つまり、多く労働基準法に定める計算方法以上に割増賃金を支払いさえすればよいともいえ、例えば173Hでなく157H((365日-土日105日ー祝日16日-年末年始5日‐夏季休暇3日)÷12×8=157.33…H)など労働者有利で1月平均より少ない時間数にして計算してしまえば簡素化できる。
今回はここまで。あくまで原則的な割増賃金の計算方法。気が向けば、法定内時間外労働、変形労働時間制やフレックスタイム制、固定残業代、手当に固定残業代が含まれている場合等を記事にしていきたい。