けーせらーせらー

仕事、メンタル、労働法、転職、書評に関するエトセトラ

行動の重要性を考える

最近思っていること。やれ、やりたいことは何なのか?とか、自分の適職は何なのか?とか、どうすれば不安は解消する、とか、色々思考錯誤して、色々な本を読んできたが、とりあえずの結論としては、

行動あるのみなのではないかと感じている。

勿論、無鉄砲とは違う。例えば、先のことも考えずに収入の貯えも仕事のあてもないままで退職して無職になってしまうことを指しているわけではない。

また、怒りや怨念という負の感情や一時の感情に任せた行動でもない。負の感情は後になって収まった時に、後悔先にたたず、という結果になってしまい、取返しのつかないことになりかねない。

さらに継続性が全くない、後に検証ができないほど短い時間で転職を繰り返す、ということでもない。「石の上にも3年」という諺が最近否定されつつあるが、今考えると、3年という期間は絶対的な基準ではないが、「ある程度の期間」はそこにいないと、何も得ないまま、何がダメなのか、後になって冷静に分析や検証できない。早すぎると、ただ嫌な記憶だけ残り、原因不明で失敗したという事実のみが残り、その後の行動に活かせない。

さらにムリをしてまで行動するものではない。例えば睡眠時間を削ってまで行動をする必要はない。自分に鞭をうって無理やり行動しても成果はでない。

さらに他人の評価を得るために、他人基準で行動するものではない。「他人のため」ではどこかで行き詰る。判断を見誤る。自分基準での判断による行動である。

当たり前だが、犯罪者やワガママな人間の「行動」とは異なる。

上記に該当するものではない、行動である。

「自分のやりたいことを見つけよう」というジャンルの本がある。本を読むと最もだと思う。だが、いざ自分で置き換えると上手く事例が出てこない場合がある。そういう場合は自分に経験がないからである。

たとえば、自分が得意なこと、好きなこと、逆に苦手なこと、嫌いなことというのは何だろうと考えてみたりしても実際に行動して結果がでていないとわからない。やってみないと自分にできるか、何が苦痛かはやってみないとわからない。しかもある程度の時間をかけて行動してみないとわからない。慣れてくれば、覚えてしまえば評価が変わる未体験のことはある。経験したことがないのに自分の適性などわかるはずもない。失敗、成功それぞれの経験をもって「やりたいこと」「得意なこと」などがわかる。失敗したからこそ、その原因を探ったり、失敗したからこそ間違いに気づき、正しいことの理解に繋がったりする。

かといって、何も行動を起こさないで考えてばかりだと、マイナスのことばかり考えてしまいがちになる。「心配事の9割は起こらない」というのは、実際はやってみないとわからない、という意味であろう。そして本当に心配になるようなことは予想もしていないときにふとやってくる。それこそ天災を予期しようとしているのと同じことである。

例えば、怒るかもしれない相手に会いにいったり、電話をするときにその直前は不安や恐怖が襲ってくる場合がある。しかし、その不安は予期不安である。未来予想はあたらない。それにその予期不安というのは、過去の悪かった出来事からの予想であってその通りになるとは限らない。相手も人間であり感情があり忙しかったりその時その時で反応が変わるケースもある。相手も予想もしていないことを聞かされると心理的に身を守るため反発するケースがあるが、ある程度事前に情報を得ていると冷静になっている場合もある。

勿論、その逆もある。過去にいい感じの対応であっても今回は怒るかもしれない。相手の気持ちはコントロールできない、というが、言い換えれば、相手にも相手のその時々で事情もあるし機嫌も悪い時もあれば、忙しくて余裕がない時もある、ということである。

だったら、行動である。終わってしまえば、杞憂に終わる可能性もある。色々不安になるより実際に電話してしまった方が不安は収まる。当然、ある程度の準備や調べもしないで、いき自分の頭の中で整理できていない状態は論外である。何を言いたいのか何をしにきたのか説明できない状態は相手もどうしたいのか伝わらない。

長くなったが、結論は単純明快である。

調べて学ぶこと、感情をコントロールすること、そして行動すること、これらはセットで行う必要がある、ということである。