けーせらーせらー

仕事、メンタル、労働法、転職、書評に関するエトセトラ

就職活動の志望動機についての考察

新卒採用の時期に入った。そこで会社のホームページでは新入社員や入社3年目ぐらいの若手によるの座談会が載せてあったりする。その座談会で、出席者各自がその会社を選んだ「志望動機」を言っているが、そのなかで一番多いのは

「人の役に立ちたい」

だと思う。私はこの志望動機がどうもピンとこない。

というのも「人の役にたつ」というのは、当たり前すぎるのだ。その会社でないとダメな理由、その会社を選んだ理由になっていない。志望動機として弱い。

そもそも、詐欺師とか泥棒でないかぎり「人の役にたつからこそ、金銭という対価が得られる」のだから。

だが一方で、会社のホームページにこの志望動機を載せているということは、会社がその志望動機をあえて選んでいるとも思える。勿論、現実的には、採用された人間は、企業分析をしていて、その結果自社を選んだ理由を面接で話しているだろう。企業分析や、他社との違いを会社のホームページに載せたくないからともいえる。

また面接の場では、これまでの自己の経験から、こういうことがしたいという思いがあって、それを実現するために多くの同業他社や、同職種の中から今の会社を選んだ、という説明をしているはずだ。

だから、「人の役に立ちたい」というのは表に出しても当たり障りのない表現を選んでいる、ともいえる。

「人の役に立ちたい」のならば、わかりやすいところを言えば、警察、消防、病院、介護で職に就くほうが良いだろう。警察、消防は体を鍛えないとその業務をこなせないし、医師か看護ならその専門の学校や学部に行くのが進路としてはただしいし、その進路をとっていた方が志望動機としてはわかりやすい。

だとすると「人の役にたちたい」のに普通科、他の学部(経済、法学部、文学部など)に行ったのならば、専門の学校や学部に行かなくても就職できる「介護」の志望者がもっと増えてもいいはずだ。だが、介護職は現実では極度の人手不足だ。「人の役に立ちたい」ならば、なぜ介護職などに応募しないのか?

今は兎も角、私の世代での一番人気は公務員だった。公務員は国民、県民、市民の為に存在する仕事だ。だからこそ「人の役にたちたい」という志望動機をいう人間は公務員が多いだろう。

ではなぜ、「人の役に立ちたいのに」介護職ではなく、ジョブローテーションが多い公務員を選ぶのか?介護は人手不足なので、職の安定性についてはどこの会社でも働ける。だから安定性が理由ではない。

簡単なことだ。

社会的評価の高さ、賃金(退職金)の多さ、休日の多さ、育児休業の取得率の高さ、心身の負担の少なさ、夜勤が殆どないこと、これを重視して介護職より公務員を選んでいるわけだ。断じて「人の役に立ちたい」が一番の理由ではない。

ちなみに介護に関する部門というのは国、県、市どこでも存在する。同じ「人の役に立つ」介護に携わる可能性があるのに、現場の介護職ではなく、ジョブローテーションである公務員を選ぶのは何故かというは、繰り返しになるが上記の赤字の項目が該当するわけだ。

裏を返せば、介護職が不人気なのはこれらが足りない、または足りないと思われているからだ。

例えば公務員に介護職の人手不足を補うために介護職に代われといわれても同意する人間は少ないであろう。だが、一般公務員という地位と収入を保持したままで一時的ならば、災害活動の一環としてならば介護職に近い仕事でもその職種につく人間はある程度はいるだろう。

結局、その地位を守りたいのに他ならないし、今公務員でなかったとしても、一般介護職と、民間の介護職のどちらかを選ぶとなると、一般公務員の介護部門を選ぶ人が多いのではないか。

仕事の適性というのがあるが、これは正直いってやってみないとわからない。だから適性、というのは一度チャレンジする機会、経験をしていみないと適性はわからない。それでも新卒は、一般公務員を選ぶ。

長い前振りになったが、「人の役に立ちたい」というのはつまり当たり障りのない表現でしかない。自分の社会的評価と名誉と給料と休暇を確保したい、という理由が一番だ。

いっておくが社会的評価と給料と休暇を重視することは何も悪くない。もてたい、家庭をもちたい、裕福になりたい、健康でいたいという欲求はなにも悪くない。

尚、介護職は今では給料が高い人は結構いる。大企業以外の一般事務よりは、保育士よりは給料は多いと思う。それでも一般事務や保育士のほうが人気が高い。

要するに世間受けが良い職を選んでいるに過ぎない。

ただ、社会的評価、給料、休み、という志望動機を言うのが面接では何故かご法度なのだ。何が悪いのかと思うが、多分仕事で成果もあげていないのに社会的評価とか給料とかを望むな、ということだろう。

「人の役に立ちたい」という志望動機はどうも弱い。それを面接官がわかっていないはずがない。

ちなみに私は新卒の入社面接をしたことがない。だからここが謎なのである。やはり志望動機というのは「どうして自社への入社を希望したか」などどう説明して、相手に納得させられるかどうかということだろう。

その答えが「人の役に立ちたい」では私だったら腑に落ちない。一回文章を書いてみたら自分で整理できるかと思い書いてみたが、答えはでなかった。やっぱり、ホームページ用の文章なんだと思う。

本当に「人の役に立ちたい」という志望動機で採用されたと思っていない。嘘くさいホームページだなあと私は思うし、これを参考に面接を受けても採用されないだろう。

何かしらその会社を選んだ理由が各自あるはずなのだ。憧れた理由があるはずなのだ。それを上手く面接用にアウトプットされたものが「志望動機」なのだ。だが、それを世間に公表しない、それだけのことだろう。

・・・これだけの長文を書いて、こんな当たり前の結論を書いてしまった…。

 

つまらない記事を書いたので、折角なので私のエピソードをひとつ披露したい。

私が新卒で入社した会社の面接での志望動機のエピソードである。

私はこの時、もう何番煎じかとつっこみたくなるようなありきたりの志望動機を言ってしまったので、面接官が見るからに飽きてしまった。まあ落ちたな、と思ったが、ある答えで雰囲気が一変した。

面接官にこういわれた。「法学部に行って、その志望動機なの?」と。

そこで私は志望動機を修正して、こう答えた。「大学で法学部に行ったのは法律をもって人を裁きたいからです。人を裁けるような立場になりたいんです」と。

なんでそう言ったのか今では覚えていない。もう落ちたと思い、破れかぶれで回答した。だが、これがなぜか当時の人事課長にバカ受けして、そこから面接の会話が弾んだ記憶がある。なぜあの志望動機で受かったのか今でもわからない。ただ、話がウケて、会話が弾んで、その会話の中で、評価されたのかもしれないし、記憶に残ったのかもしれない。

後に知ったが、この話は人事部内にも広がったようで、人事の人に最初の配属先を決める際、「志望動機に合わせて裁ける部署に配属してやろう(笑)」といわれ、リストラの仕事に20代で就くことになる。ある意味、裁いた。その発言の結果、そういう仕事に就き、そして今でも転職しても人事に関する仕事に就いているのだから、世の中わかったものではない。

私のブログの記事で雇用関係助成金の記事が多いが、それはリストラの仕事をした結果の反動で、仕事がない人の雇用をどう維持するか、人を育てるための職業訓練をどうしたらいいか、非正規社員をどう戦力化するかなどに取り組んできたからである。まあ、あまり書くと身バレするだろうからこの辺で。

尚、答えは日々変わるであろうから、後日考えが修正されるかもしれないが、記録として残しておくことにする。