けーせらーせらー

仕事、メンタル、労働法、転職、書評に関するエトセトラ

雇用関係助成金の私見⑤ キャリアアップ助成金

続いてはキャリアアップ助成金の話。

※追記 この記事は令和5年4月1日時点のルールに基づき作成しています。令和5年度途中の改正や補正予算による増額には対応していません。

まず初めにガイドブックの最初の方に書いてある下記の赤字の注意書きをご覧いただきたい。

労働者の処遇改善が図られていない場合など、本助成金の趣旨・目的に沿った取組と判断されない場合には、不支給となります。

こんなことを書かれている”助成金”はそうそうあるまい。裏を返せば、「キャリアアップ助成金」は労働者の処遇が実質的に改善していない、助成金の趣旨・目的に反した取組が多いからこんなことが書かれているのだろう。

YouTubeなどで検索すれば「わざと非正規で雇ってその時意図的に賃金を3%相当下げて半年雇えば金が貰える激アマ助成金」とか堂々と発言していた人もいるのが確認できる。こんなことを言われていたからかどうかは不明だが、どんどん”激ムズ”助成金になってしまったようだ。…そんな助成金と思って以下読んでいただきたい。

この助成金は要するに非正規労働者の待遇をよくすることで助成される制度である。コースは6つある。ただこのコースの利用は正社員化コースが大半を占めるらしい。そして正社員化コースの説明が記事のほとんどを占める。そこで正社員化コースは最後に回して処遇改善支援コースから説明する。尚、障害者正社員化コースの説明は対象となる方が会社にいるかどうかの話でもあるので割愛する。

処遇改善支援

賃金規定等改定コース

有期雇用労働者に適用される基本給の賃金規定を改定し賃金を3%以上増額すると助成

賃金規定共通化コース

全ての有期雇用労働者に適用される正規雇用労働者との共通の賃金規定を新たに規定適用

賞与・退職金制度導入コース

全ての有期雇用労働者等を対象に賞与または退職金制度を導入し支給または積み立てを実施

短時間労働者労働時間延長コース

有期雇用労働者等の週所定労働時間を延長し、社会保険を適用する場合助成

 

まずは箇条書きのように説明してみた。次に少しだけ中身に踏み込む。

処遇改善支援の私見

まず賃金規定に関する「賃金規定等改定コース」「賃金規定共通化コース」の2つのコースについて。これは賃金規定等改定コースは”全て”とは書いてはいないが、ガイドブックの注釈をみるとわかるように、”合理的な理由”がない限りは有期労働者全員が対象となることを想定している。よってどちらもすべての有期労働者を想定しないといけない。賃金テーブルのようなものがないといけない。単に時給を比較するのではダメということ。自社に合うかどうかは時給制のパートの人を想定してみるといいと思う。それらの人の賃金を決める際の評価方法を予め明文化してそれに則って賃金を決めることに適しているかどうか。
通化コースのほうは「制度導入」に関するコースなので1回限りの助成金。既存の企業は既に導入しているか、導入する予定がないかのどちらかだろうから対象となりそうな会社は少ないと思う。

少し話はそれるがこのコースに限らず、制度導入に関する助成金は労働者が1人とかの会社だと手続きがラク助成金が多くもらえておススメ、と紹介をしている自称助成金のプロがいるらしいが、私はそういうのはおススメしない。

理由は2つ。

まず助成金の対象となる労働者1人雇ったばかりの事業所や、数名でずっと営業している事業所はどう考えても助成金獲得目的であることがバレバレで、労働局にどう見られているか想像に難くないこと。助成金申請の代理報酬を生業にしている人にとっては慣れっこだが、労働者1名から数名の事業所は何かあった時対応するのは事業主自身。このご時世、自社と紹介者を鑑みよくよく考えて行動された方がいいと思う。

そしてもう一つは、本当に1名の労働者のために賃金テーブル、職務評価を作成し、それに則って”合理的”に”適切”に賃金を決定できるか、ということ。労働者1名でそれをやりました、といわれても私はマジで?としか思えない。労働者1名の規模だったら、補助者がやっとと労働者を雇えるようになった個人事業主のようなイメージ。事業の売上予測もそうそう想定通りにはいかないだろう。売上の予測がつかないのに賃金だけあらかじめ決められたテーブルで決定する…ちょっと現実感がない。

尚、本気で人事制度を整備したいという意欲をもっている事業所は制度の趣旨にも適っているのでこの機会に利用されたらいい。

賞与・退職金制度導入コースは、有期雇用の人にも賞与を支給する予定のあるところは利用する価値もあるかもしれない。また、正社員化コースで賞与か退職金を支給する必要が出てきた中で、同一労働同一賃金も本格化してくる。考える余地はあると思う。ただ、これも助成金獲得だけを目的に導入するのはおススメしない。対象が有期雇用労働者全てであること、一旦制度を作ったからにはすぐに辞めることはできないことを念頭におかないといけない。制度導入を考えていた場合に初めて助成金を考えたらいい。これも労働者1人で導入しようとすることに対する意見は賃金規定に関するコースと同じなので割愛する。

短時間労働者労働時間延長コースは、わざわざ社会保険料を払う必要のあるところまで労働時間を延長するというケースが自社にあるのかという話。実際そういう希望を持つ労働者はいることはいるだろうが…。
さて、最近、社会保険加入に関するいわゆる「年収130万円の壁」の問題の解決策として、このコースを活用するといった話がでているらしい。拡大するのか、新コースができるのか、助成金を支給するだけの問題ではなさそうなのでどうなるか不明だが、来年度ではなく2023年度中に何らかの動きがある可能性が高い。報道等を随時確認されることをお勧めする。

正社員化コース

 

簡潔に説明すると、有期(無期)契約労働者を”賃金を3%以上アップして正社員転換するか、派遣されてきた労働者を”賃金”を3%以上アップして正社員化した場合に助成金が貰えるコースである。

助成金額:

①有期契約から正社員化した場合1人当たり57万円(大企業は42.75万円)
②無期雇用から正社員化した場合1人あたり28.5万円(大企業は21.375万円)

助成金の加算:
①対象者が母子(父子)家庭の母(父)
派遣労働者の直接雇用
③人材開発支援助成金のなかの対象となる訓練を実施

不安定な非正規雇用の労働者、派遣社員を正規労働者にさせたいという制度の趣旨もわかりやすく、雇用保険適用事業所ならば業種、職種を問わず利用可能であり、全員でなく対象者が1人でも申請可能ということから殆どの事業所が対応可能であるため、申請件数がかなり多いと聞いたことがある。スタートラインからはじかれることのない助成金である。

ただ、さあこの助成金を申請し受給しよう、となると結構足元をすくわれるかもしれない。この助成金を検索するとわかるが「審査が厳しい」とサジェストされる。その理由はこの助成金は不支給となる要件が多すぎるのである。数多くあげるときりがないので2つ例をあげてみる。

正社員の定義

次のイからホまでのすべてに該当する労働者をいいます。
期間の定めのない労働契約を締結している労働者であること。
派遣労働者として雇用されている者でないこと。
ハ 同一の事業主に雇用される通常の労働者と比べ勤務地または職務が限定されていないこと。
ニ 所定労働時間が同一の事業主に雇用される通常の労働者の所定労働時間と同じ労働者であること
就業規則または労働協約に規定する通常の労働者の所定労働時間が明確ではない場合、他の通常の労働者と比べて所定労働時間が同等であること)。
ホ 同一の事業主に雇用される通常の労働者に適用される就業規則に、長期雇用を前提として「賞与または退職金制度」の実施および「昇給」の実施が規定され、当該規定が適用されている労働者であること。

ただし、正規雇用労働者としての試用期間中の者は、試用期間終了日までは本助成の対象とする措置上、転換または直接雇用が完了したものとはみなさず、正社員化コースに規定する賃金上昇要件等や正社員化コースおよび障害者正社員化コースの支給申請期間において、転換日または直接雇用日を試用期間終了日の翌日と置き換える(なお、当該取扱いは、正社員化コースおよび障害者正社員化コースに限るものとするが 、うち6か月以上雇用される期間においては事業所における転換日または直接雇用日を基準として正規雇用労働者と異なる就業規則等の適用を確認する。)。 

次に対象となる労働者という要件がある。これもすべてクリアしないといけないが1つ例を転記する。

支給対象事業主に、賃金の額または計算方法が正規雇用労働者と異なる雇用区分の就業規則等の適用を通算※1 6か月以上受けて雇用される有期雇用労働者※2,※3 または無期雇用労働者

※1 支給対象事業主との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と次の有期労働契約の初日との間に、これらの契約期間のいずれにも含まれない空白期間が6か月以上ある場合は、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は通算しない。また、学校教育法に規定する学校、専修学校または各種学校の学生または生徒であって、大学の夜間学部および高等学校の夜間等の定時制の課程の者等以外のもの(以下「昼間学生」という)であった期間は通算しない。以下同じ

※2 有期雇用労働者から転換する場合、雇用された期間が通算して3年以内の者に限る。有期雇用労働者から正規雇用労働者に転換される場合、当該転換日の前日から過去3年以内に、当該事業主の事業所において、無期雇用労働者として6か月以上雇用されたことがある者は、転換前の雇用形態を無期雇用労働者とする。
※3 有期雇用労働者等に適用される雇用区分の就業規則等において契約期間に係る規定がない場合は、転換前の雇用形態を無期雇用労働者とする。 

どうだろうか、何をいっているかわかるだろうか。このコース、このような要件がひたすら続くのである。しかもひとつでもひっかったりしたらそれで不支給になる可能性もある。

というわけで、経験豊富な社労士に委託せず申請した経験者もおらず初めて手続きをしたら不支給になる可能性がかなり高いと思われる。
またこれまでいくつかの助成金を紹介してきたが、他の助成金助成金額が減額する場合があるが完全に不支給となる要件はそこまではない。だがこの助成金は0か100か、支給か不支給か、57万円か0円かである。(例外あり)

まだまだ難関がある。
賃金が正社員転換化後3%アップしたかどうか確認できるかどうかである。
比較根拠となる”賃金”の定義もこの助成金用といってもいいような計算方法が待ち受けている。
正社員化したとしても、本当に正社員か?社長が”正社員”と言い張ったとしてもそれが”正社員”かどうかは就業規則で定めてある正社員に該当しないといけない。はじめての正社員の場合、その人が正社員かどうか比較対象(上記の通常の労働者)がいないため難易度はさらにアップである。

いい加減記事が長くなったのでこれくらいにするが、要するに素人お断りの助成金である。この助成金、聞いた話によるとかなりの割合の会社が社労士に提出代行を依頼する助成金らしい。それぐらい難しい。他の仕事の合間で申請できる代物ではない。

さらにこの助成金、他の助成金同様制度変更がしょっちゅうあり、昨年申請したとおり今年申請してもアウトになる可能性がある。特に令和4年10月の改正はかなり大きな改正。YouTube等で令和4年10月改正のことを紹介している動画を見たが、間違っている解説動画もあった*1ぐらい令和4年10月改正はややこしい。

難解になっていく理由(私見

さてこの助成金の難解さには理由があると思う。ここからは人から聞いた話と報道による私の解釈だが難解化していくのは上記の赤字の注意書きのとおり、助成金の趣旨や目的を逸脱する行為が多いからだろう。

例えば時給1000円の人を時給1030円にして契約期間を定めをなしにして、時給制で賞与も退職金も昇給もないけど自社では正社員なんです、と言い張ることができたこと。

このやり方は令和4年10月以降の改正をネットで調べている際に見つけた抜け道としかいいようがないやり方。正社員に時給制を適用させ、賞与も退職金もなくすという処遇改”悪”としかいいようがないやり方。このようなことが横行していたので令和4年10月改正で正社員の定義とか賃金の決め方とか賞与や退職金や昇給とか就業規則とかの区別ができたのだという意見を見つけて、ようやくこの改正の意図するところが自分なりに納得できたので例として挙げた。

一番ひどいのが、例えば正社員の初任給が月給20万円の会社で、あえてフルタイム勤務なのに月給19.4万円の有期雇用契約で当初の6か月間雇用し、正社員に転換した時に契約期間の定めをなしにして正社員の月給20万円(正社員の初任給と同じ)にするやり方。もともとも20万円の初任給でスタートするのに、あえて入社時に有期雇用契約で、給料を3%あがるように逆算した金額で雇用することで、助成金を獲得するやり方である。

尚、令和4年10月以降の転換だとこれらの具体例のやり方で正社員化したと申請しても不支給になると思われたので例に挙げた。

世の中には助成金補助金が多くありそれを利用することは何も間違っていないが、上記のように、わざと転換前の処遇を悪くすることで、正社員転換後と比較すると処遇が良くなったということで助成金を獲得する、というのはいくら何でもやりすぎである。世の中には、このために入社した時の待遇を全員”非正規”から始めましょう、というアドバイスを事業主にする社労士もいるらしい。というわけで、そういう行為をはじき出すために支給要件を難しくたのだろう、と私は思っている。

このコースに関する私個人の偏見

今のキャリアアップ助成金の正社員化コースは中止して制度を作り直した方がいいのではないかと思っている。
その理由は、繰り返しになるがこの助成金獲得のために、わざと入社時に”有期”契約社員で雇う会社があるからである。そういう風に指南している輩がいるからである。ひどいところは、新卒もその対象にしているらしい。正社員化する形をとるために、本来は正社員となるべき人をあえて有期雇用契約で働かせる。そもそもこの助成金は不安定低賃金な非正規を減らし安定した収入を得る正社員労働者を増やす趣旨のものだが、皮肉にもこの助成金があるがために非正規雇用が誕生している。正社員の試用期間より半年の有期契約を結ぶのほうがクビをきりやすい。

それを厚生労働省が知らないはずがない。知っててこの助成金を残しているだろう。悪意をもって考えると、おそらく非正規を正規にした”数”がこの助成金の担当部署では評価されているからではないか?どこかで非正規と正規の人数のグラフを見せてここ最近は非正規の人数が減ってきた、これは自〇党政権に戻ったおかげだとかいう論評をみたことがあるが、そういう主張をするために生まれたような政治的な助成金。または、非正規や派遣社員が増えることで甘い汁を吸っている(た)奴らの為にも存続しておく必要がある助成金

いやいや令和4年10月改正で、正社員と非正規社員の区別をはっきりさせることにして上記の抜け道を塞いだでしょ、正社員に昇給と賞与または退職金制度を導入させて正社員の待遇をよくさせているでしょ、という反論もありそうだが、これも非正規社員の待遇をわざと悪くさせる形で要件を突破してくる会社がでてくるだろう。まあそれも厚生労働省はお見通しだろうが。

助成金で金を稼ぎたい事業主と指南役と非正規労働者”数”が減ったことをアピールしたい政治家と政商にはとてもいい助成金で利用件数が多いが、最初から正社員として雇用する事業所と大半の労働者からすると問題が大アリの助成金。そして高難易度の結果指南役の出番がさらに増え、指南役の稼ぎが増える。

私は、全体の支給金額や不正受給を別とすると制度としては終了した期間限定の雇用調整助成金のコロナ特例よりこっちの助成金のほうが問題で、制度の趣旨は立派だが、現実は正直クソだと私思っている。

このややこしくなってしまった助成金をこれからも多数継続的に利用するのは個人的にはおススメしない。資金繰りに苦しんでいる事業主にとっては毒薬である。助成金以外にも悪影響を与える。

正規雇用というあえて不安定な雇用形態を作り出す。

人の出入りが多い方がこの助成金の獲得機会が増える。

ぶっちゃけ正社員転換後6か月たてば辞めてもらった方が毎年のように1人あたり57万円が手に入る。

しかし、そのようなことを繰り返している会社に労働者が魅力を感じるだろうか。

優秀な労働者が入ってくるだろうか。

会社が発展するだろうか。

求職者の人は正社員求人に応募したのに6か月後に正社員転換制度があるということで非正規雇用を打診された場合は、この制度のことを勘繰った方がいい。特に新卒で非正規雇用での契約締結を促された場合は、せっかくの新卒カードを活かすためにも身の振り方を考えたほうがいい。

助成金が欲しいならば、別の助成金を探した方が会社にも労働者にもよいと思う。

そして非正規労働者での求人で雇用後に実際に働いてもらったら優秀で是非正社員として働いてほしい人材だ、労働者もいい会社だった、ずっとここで働きたいという機会があったら、この助成金なんぞ今は無視して労使双方が納得できたらすぐに正社員化すればいいと思う。

よくよく考えてほしい。代理人への報酬〇万円、この助成金のために作る就業規則の改定料〇〇万円、優秀だとわかっているのに最低6か月間待たせている間に転職されるリスク、この助成金にあわせる形で非正規との正規の賃金を差別化させた結果離職されるリスクを考えると、どうするのが会社にとって得なのかということを。

以上、私の偏見。当然、自社はこの助成金が始まる前からもともと全員平等に非正規から初めて適性をみてから正社員に昇格させる方針なんだ、業績拡大中で資金的に余力ができたため今まで非正規だった人をやっと正社員として雇っているところなんだ、同一労働同一賃金にあわせて非正規を正社員化することに取り組んでいる最中なんだ、という真っ当な会社のことは考慮していない。こんな偏見は無視してほしい。

だが、真っ当な会社をフォローするより、目に余る不届きな行為をはじきだすことに今は重点が置かれている(あくまで私の根拠なき偏見だが)であろう助成金であることは気にかけてほしい。

追記 キャリアアップ助成金の正社員化コースから新卒は対象外に、というが私の持論だが、とある知人より、「だったら、4月2日入社とか、5,6月入社とか時期をずらして”新卒”ではない、というやり方をしてくるところが絶対ある。そうなると新卒が一時的に無職になる。だから厚生労働省は外してないんじゃない?」という反論があった。成程と思った。ということで制度を多少変更したとしても、悪意ある知識のある人はなんとでも抜け道というか対応を思いつくのものだと、ちょっと嫌な気持ちになった。

*1:(無料で短時間でいつの時点の情報か不明の動画は、助成金に限らず専門家でも間違ったことを言っている場合もある。)